【備忘録】税と社会保障の学習―市民企画への参加

 若者の社会参加・政治参加の研究をしている関係で、紹介をいただいた市民団体のとある企画に参加してきた。企画としては税と社会保障についての知識を問い、そうした知識をゲーム形式で学ぶ、というもの。対象は高校生から大学生と設定されていた。

 以下、簡単に企画内容を整理しておく。

 

1.問題意識

 どういった経緯で一市民団体がそうした企画を展開するに至ったのか。あまり詳しいことには言及しないが、一つ挙げられるのは、我々主権者が社会生活を営む中で、不可避的に関わっていくことになる社会保障や税制度について、ほとんど良く知らないという問題意識である。働くようになれば雇用保険国民健康保険を支払うし、累進性のある所得税を支払う。地方税である住民税も、働いているのであれば会社を通して支払うことになるわけであるが、そうした税金を支払っているにも関わらず、我々はそうした制度がなぜ(そのように)存在し、いかに私たちの生活に役に立っているのか―あるいは立っていないのかを考えなくとも生活できてしまう。主権者として、そうした社会制度を提示する政治に対して意思表示を行っていく権利を有しているはずであるが、無知のままに制度に取り巻かれ、コストをかけて生活しているという現状が存在している。

 こうした税や社会保障に関する知識は中学校の社会科や高校の現代社会、公民等で学習するのであるが、それが私たちの具体的な生活にいかに関わっているのかについては、不十分な理解しかないのではないのか、というのが市民企画の問題意識である。

 より具体的に言えば、労災申請を行わない企業で働くこと、不鮮明な天引きの存在する企業で働くことなど、知識がないがゆえに知らずに巻き込まれてしまう現実がある。税金の利用のされ方が分からないがために、強い「痛税感」を持つなど、知識や経験がないことが不利益や独特の意識の形成を促す要因となっていると考えられる。

 

2.企画内容

 したがって企画では高校生や大学生の若者を対象として税と社会保障に関する知識を問い、それをゲーム形式で学び、事後アンケートで考え・評価の変化を確認する、ということを行っていた。

 ゲームはすごろく形式で、コマを進め、止まったマスごとに失業や年金手帳の返却、労災の非申請などのイベントがおき、そうした出来事が起きるたびに、ごく簡潔に制度についてまとめられた冊子を読み上げることで学習を行う。保険制度や労働基準法、年金制度の仕組み、給与明細の読み方などを、ゲームを進める中で徐々に学ぶことができる。

 実際の企画は高校生を対象として行っていたようだ(大学に入って市民団体が活動を行うのは難しい)。私が参加した企画では、5人でゲームを行って、社会保障や年金制度の必要について議論を行った。参加者の立場をお金に困らない富裕層と仮定し、それでも社会保障や年金制度は必要なのかを問いかけ、議論を促す構成である。病院に厄介になることの少ない若者で、仮に通院するとしてもその時だけ医療費を負担すれば良く、それが出来てしまう立場にあるとしたら、医療費は果たして払う必要があるのか。十分な貯蓄を個人的に行うことができる収入があるとして、年金の支払いは必要なのだろうか。ゲームでの学びを生かしながら議論を進めた。実際の討論については次にまとめておく。興味深い結果であった。

 

3.議論について

 今しがた書いたように、ゲームを通して学んだあとに、社会保障制度の是非をめぐる議論を少しばかり行った。時間に限りがあったので、主に二つだけ。医療保険制度は必要か、なぜそう思うのか。年金制度は必要か、なぜそう思うのか。この二点だけ議論を行った。役割は富裕層としてこれについて考えてもらい、次のように意見が出た。

 まず保険に関しては全員が必要だと思うし、仮に自分が制度がなくても困らないとしても、必要であると意見を述べていた。病気になったときに病院にかかれないのでは困るから、みんなで負担すべきだと思う、などの意見が出た。

 次に年金だが、これは半々に割れた。年金は自分で積み立てられるならわざわざ制度を使うこともない、というのが廃止派の意見で、継続派は老後の生活に困らないようにみんなで積み立てておくべきといった意見だったように思う。

 

 基本的にはどちらの制度も、皆で支払うことで、皆がしかるべきタイミングで利益を享受できるorリスクを回避することを目的とした制度である。国民皆保険と年金ではもちろん仕組みが大きく違うし、積み立ての種類と年数によって金額の変動する年金と、保険制度では逆進性の程度も異なるが、高校生がそうしたことを理解して発言しているのではないことは、意見の理由づけから明らかなように思えた。なぜこのような違いが出たのだろうか。

 答えは分からないが、仮説として医療は「困っている」ことが前提になるからではないか。病院にかかるということは、すでにその時点で何らかの苦痛を背負っている状態である。だからそれを取り除く医療を受けられないことは「なんとなく酷い」と思ったのだろう。ひるがえって年金はそうした配慮の必要性からは遠く感じられる。将来までに十分貯金ができれば制度は必要ないと考えることも(富裕層という設定でもあるし)できる。実際には年金がなくとも十分な生活ができるほどの貯蓄ができる所得階層など、そう多くはないはずだが。頑張って貯金すれば良いという、ある種楽観的な意見が半分なのであった。

 

 次にこうした議論を行った後、市民団体員の一人が次のような役割を演じた。「日々の暮らしだけで精一杯で、保険料を支払う余裕なんてとてもない。けれど保険制度は利用したい。今以上に働きたくないし、なんなら働きたくもない。年金も払いたくない」

 このような役割を演じた意図は次のようなものであろう。すなわち、学生が医療保険制度で支えても良い、年金制度を共に支えても良いと想定している他者の中に、上述のような「不遜な他者」は含まれているのか、それを確認しようとしているのである。負担する余裕がないだけではなく、そもそも負担する気持ち、努力する気持ちを持ち合わせていない他者も包摂する制度として、それでもなお支えると言えるのかが問われているのである。

 これに対して何人かの高校生の意見は次の通り。「働ける人はきちんと働いて支払う努力をするべき。それで受給できるようにする」「借金をしたことがあるような(不真面目な)人は受けられないようにする」。要するに社会保障制度の受給要件に努力義務や道徳的なまっとうさを求め、そこで線引きを行うのが良いのではないのか、という意見がみられたわけである。つまり「不遜な他者」は包摂しない、と。

 先の制度に対する意見と考え合わせると、やはり「善人」は困っていれば助けるが、「悪人」は自業自得ではないか、ということなのかもしれない。どうしようもない病であれば医療は平等に受けられてしかるべきだが、将来のお金は今からの努力次第でなんとかなるのだから、という考え方も、こうした方正な努力をすべきであるという意識に支えられているように思われる。

 

4.まとめ

 最後に書いた「誰が支払い、誰が社会保障の受益者となるのか」という問題に対しては、明確な答えがない。法制上定義されているとしても、それが普遍的に適用される現実があるわけでもなければ、それが将来にわたり不変なものであるわけでもないからだ。企画の締めとしては、「そうしたことの是非を決定しているのは政治であり、高校生も18歳からは選挙権を持つ。社会保障費の増大する社会の中で、その今後を担っていくのは現代の若者なのであり、そのことを決定していくのは投票権を持つ皆さんである。是非こうしたことを今後も学び、関心を持って選挙に行ってほしい」というものであった。要するにそれを考えるのは皆さんである、と。

 もともとこの企画は最終ゴールとして、「若者が政治に関心を持って、自分の問題だと捉えて参加すること」を設定しているという(だから若者の政治意識・政治参加を研究している私のところに人づてで話が舞い込んできた)。私たちは社会生活を営む中で、いかにして政治と関わっているのか、そのことを示す一つの有力な事例として、税と社会保障の制度がある、と企画サイドは考えているようだ。正解のないことだが、皆が関わることである。だから関心を持つ、意思表示をする。それが民主主義であるし、政治はそこにこそあるというのが、規範的理念である。

 以上の企画はいわゆる「シティズンシップ教育」の一端というべき内容である。社会制度が複雑化し、その運用が専門家の手に委ねられる時代にあって、十分な知識を有した上で評価し、意見することのハードルは明らかに高くなっている。そうした時代状況において今後ますます、こうした制度の理解は不可欠になっていくだろう。そうでなければ縦割りになった制度は個々の専門家集団によって考えられ、公官庁で文書化され、議会を通過して施行されていくことになる、私たちの知らないところで。民主主義の本分は制度の専門家や独占的な管理によっても失われていくことを理解し、少しでも市民がコミットメント可能な制度や学習の機会が増えることが望まれる。

 人々が忙しい時代である。そんな悠長なことを…という意見も分からなくはない。市民に判断できることには限界があるという理屈も分かる。ただすべてを専門家や権力者に丸投げするというのも抵抗があるとすれば、可能な範囲で選択主体になりうるくらいの知識や経験のビルドインは不可欠である。ここが民主主義を採用している国であり、かつそれを止めないというのであれば、具体的にそれを維持する努力をやるくらいのことは必要ではなかろうか。

 

 やや散漫な印象記といったところだが、久方ぶりの更新はこれにて。

 それでは。