書評:小谷敏編(2017)『二十一世紀の若者論―あいまいな不安を生きる』(2)

2.『二十一世紀の若者論』目次

 前の記事では『若者論を読む』の書評めいたものを書かせていただいた。

 ここからは『二十一世紀の若者論』の紹介、評論に入っていこう。ブログ記事にしては長くて読みにくいかもしれない(1万3千字程度である)。「結局若者論って何なの?」ということに関心のある方は最後の第5節だけでも読んでもらえると良いと思う。5年程の期間にすぎないが、若者論を研究してきた私の暫定的な結論・評価をそこに書いておく。

(※脚注は数が多くなるはずなので、後程ゆっくりつけていく)

 さて、本書を非常におおざっぱに表現すると、「宮台真司の評論に始まり、古市憲寿の評論をもって筆が擱かれるまでの間の、若者論を論じる」ものである。すなわち時代的には90年代の若者論からスタートして、2010年代の若者論(者)をゴールとする、メタ若者論を標榜するものだ。テーマについて、まず簡略化した目次を示す。



<目次>
第Ⅰ部 「失われた一〇年」か、「失われざる一〇年」か
  第1章 宮台真司という現象(新井克弥)
  第2章 この〈世界〉の中で〈他者〉に出会うことの困難
      ―少年犯罪をめぐる社会学的論説から(鈴木智之)

第Ⅱ部 若者の生きづらさについて
  第3章 「自立しない若者たち」という語り
      ―「心理主義的若者論」の誘惑(小川豊武)
  第4章 「昭和」対「平成」の世代間戦争(鈴木洋仁)
  第5章 働く若者はどう語られてきたか(杉田真衣)
  第6章 スクールカースト能力主義(鈴木弘輝)

第Ⅲ部 若者文化の絶望と希望
  第7章 オタクたちの変貌(辻泉)
  第8章 ヤンキーとは何者か?(小谷敏・内藤理恵子)
  第9章 若者文化の絶望と希望―消費される「若手社会学者」(小谷敏)

 

3.『二十一世紀の若者論』各章概要

 

 まず各章について、ごく簡単に紹介する。

 

 第1章は90年代の若者研究として、それ以後の若者研究が扱っていくテーマ・対象が凝縮して現れる宮台真司の研究を読み解く。『サブカルチャー神話解体』、『制服少女たちの選択』、『終わりなき日常を生きろ』、『透明な存在の不透明な悪意』など、90年代に書かれた一連の著作は、宮台氏が述べるように、価値観や行為のよすがとなる規範の解体が常態となった時代である。宮台氏はそうした時代において、まさに本人が「制服少女」たちの処世術に見出した「複雑性の縮減」を可能とする実践(分かりやすい程度に小さな集団の内部で、過剰な理想や虚妄を捨てて「まったりと生きる」知恵)を、研究を通して世に問うていく。さらに宮台氏がテーマとした「若者たちのコミュニケーション実践」は、以後の若者研究が注目していくテーマであり、かつ女子・郊外・学生以外の若者といった対象は、とりわけ2000年代以降の研究が注目していく対象であり、ある種の先取りがなされていたとの指摘が興味深い。

 

 第2章は90年代の衝撃的な殺人事件である、サカキバラ事件に対する社会学者による言説を検討する。大澤真幸作田啓一宮台真司が取り上げられるが、それぞれの言説の意義は、特異的な事例を我々も共有する社会一般の価値構造内部に位置づける実践と捉えられる。共有する価値構造とは、規範の部分的な解体状況の中で、何が正しき事か不鮮明である、という状態である。私たちはある種の自明性の中を疑うことなく生きているが、自明性は一旦疑われると、それが正当なものであることを示すことは困難である場合がある。例えば「人を殺してはならない」ことは自明であるが、それがなぜ禁じられているのかは、究極的には説明が不可能である。そうした慣習的な信念は「通常、我々は人を殺さないし、殺すことは良くないと考えてきた」という事実の上に築き上げられているのであって、その都度正しさを証明し続けて今に至るわけではない。そうした自明性の喪失を、特異な殺人事件のまさに特異性の中に発見していくことで、社会学者らは規範秩序のほつれを発見していく。

 

 第3章はパラサイト・シングル、フリーター、ニートといった、90年代の終わりから2000年代半ばにかけて主に流布した「自立しない若者」についての言説を検討している。ここで「心理主義的」と呼ばれるのは、若者の「心性」への着目を行うことによって、パラサイト・シングルニートといった非自立な状況を個人の価値観へと紐付ける方法のことを指している。小川氏はこうした言説がさらに「ある時期になったら自立して当たり前」、「賃金の低い同世代の男性よりも、相対的に賃金の高い親元に留まってリッチな暮らしをする方が得」といった「常識的知識」をそれぞれの書き手が用いることによって、若者バッシングに連なる実践が一般的に理解可能なものとなり、広く知れ渡ったのだと分析する。こうしたエスノメソドロジーの手法から、現実にそぐわない常識的知識や「標準的ライフコース規範」の解除(自明性の中にあって、常識から外れることを逸脱として疑いもせずバッシングすることを、自覚的にやめていくこと)こそ、求められるとの結論を導いている。

 

 第4章はタイトルから内容を推測することが難しいだろう。扱われているのは論壇紙で一時期活躍した若手論者である、後藤和智赤木智弘である。両者は2000年代中ごろから、前者が実証性に乏しい俗流若者論批評を、後者がどうあっても社会的上昇や安定性を見込めないロスジェネ世代の置き去りにされた窮状を訴えていたが、そうした言説は次第に衆目を集める舞台からは消えていったとされる。筆者はそうした事態をある種、世代間闘争が生じる場としてあった論壇紙の衰退によるものと解する。ネット・コンテンツが無数に流布する状況の中で、書き手が無数に入れ代わり立ち代わり登場していく。そうした状況が論壇の衰退、権威的立場の失墜を招き、後藤や赤木のような論者はSNSやブログ、同人サークルへと局域化していかざるを得なかった。このことは、マスに訴えかける回路を若者論のみならず、多くの言説が失っていったことを指摘するものであり、世代などの大柄な問題を問う舞台の消失を含意する。

 

 第5章は第3章で扱われる「労働と若者」を対象とするのであるが、その中でも特に若者たち自身の持つ主体性に焦点を当てた研究が取り上げられている。心理主義的若者論は若者たちの価値観に着目することで、むしろ若者に現状を帰責する実践として機能してしまうが、以後はそうした反省から社会構造への帰責がメインになっていくとされる。一方でそうした構造への着目は若者の「なんとかやっていく」実践の意味を明らかにすることからも遠ざかってしまう。筆者の杉田氏は若者たちが自ら生き抜く世界を構築する営みとして、フリーター研究の中の文化論やユニオン活動に注目し、後期近代の不安定な状況を集合的に生き抜く若者たちの知恵と実践を意義づけている。個人的な心理や社会構造上の問題へと単純に帰着させず、困難な状況にある者たちの実践に目を凝らしてきた筆者ならではの着眼点であり、困難を打開する実践の中に若者たちの作り上げる「社会」を見晴るかす研究群を跡付けている。

 

 第6章は、若者たちの生きづらさが生じる根源を、スクールカーストという学校文化の中に発見していく。スクールカーストとは教室内部に生じる主に生徒間の序列関係・権力関係を意味するものだが、現役の教員である筆者の鈴木弘輝氏はカーストごとにある種の閉じた「島宇宙」=その外部には関心を持たない関係性が形成されていることを論じる。生徒らはコミュニケーション能力など、パイパーメリトクラシーを構成する能力を物差しとして、強烈に能力主義を内面化する(その内面化は島宇宙ごとに閉じた権力体系に基づく、カースト下位の不遇な扱いの継続によって進行する)。そしてそのような能力主義に適応する結果、できること、できないことが学校内での処遇を越えて、自らの評価・社会的位置を決めることを正当なものとして引き受けてさせてしまう。「できることは偉く、できないから死ぬ」といった価値観=安楽死尊厳死が当事者に求めさせてしまうのと同様の論理が、学校という場においてビルドインされ、生きづらさを再生産してしまうのである。

 

 第7章はオタク言説の変遷から、オタクを語る社会のまなざしの変化を見ていく。オタクは当初、いくぶんネガティブな表象として登場し、そのピークとなったのが89年の幼女殺人事件として知られるM事件である。一方で現在におけるオタクについてのポジティブか、あるいは中立的な語りは2005年の「電車男」ブーム以降であるという。ここではオタク自体がどのように変化したのかは、あまり触れられていないが、少なくともオタクそのものというよりも、オタクを意味づける社会のまなざしの変化があったことは確かであるとされる。今やオタクコンテンツは非常に多くの人々に、様々な形で享受され、グローバル・レベルの市場が形成されている。これからのオタク研究はそうした動向を踏まえて、「パースペクティブとしてオタク」を捉えていくことが求められる。

 

 第8章はヤンキー論である。ヤンキー研究の嚆矢と言えば、佐藤郁也氏の『暴走族のエスノグラフィー』であろうが、実は2000年代後半くらいからもヤンキー論は散見される。ヤンキーは80年代前後の、比較的好景気な時代に存在していた。それは学校からのドロップアウトと、その後の地元就職がつつがなく果たされるような零細自営業や地方工場労働の存在が背景にあったからこそ、可能な生き方なのであった。しかし景気の悪化、地方労働や零細自営業に厳しい時代、学歴社会の貫徹がヤンキーの存立構造を掘り崩し、今や地方や郊外にいるのは、逸脱性を脱色され大人しくなった、やさしい「マイルドヤンキー」であると描かれもする(原田曜平,2014,『ヤンキー経済』幻冬舎)。筆者である小谷・内藤氏はそうした不活発なヤンキーではなく、ヤンキーらが後世に残していったアクティビティを、活性化が期される地方において、いかに活かし得るのかを検討していくことができるのだと説いている。「よさこい」などは、そうしたヤンキー的なものを残すイベントの好例である。

 

 第9章は宮台真司の登場から20数年を経た現在において、かつての宮台氏とよく似たポジションにいる古市憲寿氏のあり方についての議論となっている。起業家、マーケッターであり、テレビに登場するコメンテーターでもあるといった、類比的な二人はどう異なっているのかが、ここでの焦点になる。そのことを手短に要約すれば、宮台氏には、たとえそれが実証的に疑問の付されるものであったとして社会を啓蒙し、導く意思があり、社会大を説明し抜く強力な批評的能力があったが、古市氏にはそうした要素は見られない、ということになろうか。保守的な大人たちに求められるような、炎上はするが何かを変えるわけでもなく、デモする若者の熱意に冷水を浴びせるような発言を行う古市氏は、第1章で考察された宮台的な啓発力や革新性はない。そのような人物が若者と若者論の代表的な論者であると解する向きもあり、若者論の活性化しない時代を思わせるが、筆者である小谷氏は若者論は終わらないと予測を述べる。かつて『若者論を読む』では「再び若者論が興隆することはないだろう」と予測した小谷氏は、今度は「若者論は終わらない」と予測しているのである。今後も若者は社会に新しい何事かをもたらす力を持ち続けるであろうことを(古市的なシニシズムとは対照的な観点として)提示して、本書を閉じている。

 

4.『二十一世紀の若者論』から何が理解できるのか

 

 ここまで各章ごとに大まかな要旨をまとめてきた。ここからは各部ごとに知見を引き出しておきたい。その前に付言しておくと、各章・各部ごとのまとまりは、時系列順に配置されているわけではない。第一部は90年代に書かれたもの、90年代の事件を扱っているものであるが、それ以降はゼロ年代以降となっており、また扱われる若者論の執筆年も章ごとにバラバラである。各章は各部タイトルにつけられた内容に準拠するものであると考えられるので、その含意から明らかにしておくことで、本書の底意に迫ることができるだろう。

 

 まずは第Ⅰ部:「失われた一〇年」か、「失われざる一〇年」か、この部分について考える。第1章・第2章の論文は共に90年代の青少年を対象とする論考が収められているが、90年代が「失われた一〇年」とはよく言われたものである。のちに若者の非自立をバッシングする言説が生み出される素地となる、社会経済的な沈滞がバブル崩壊の影響のもと、常態化していく時代である。経済成長が「神話」でしかない時代に、経団連の「新時代の日本的経営」のような「成長戦略」が語られ、若者の非正規雇用が拡大する。かつての新規学卒後一括採用として正社員化し、年功序列型賃金制度に沿ってライフステージが進むごとに賃金が上昇し、それを元手として家族を養うといったような、標準的なライフコースの現実的基盤が失われた時代だった。価値は多様化し、選択的なものとなり、自分が信じているものを他者も同様に信じているなどということは、もはや自明ではない。第1章と第2章が青少年の振る舞いの中に描出する時代とは、このような標準的な生活から規範に至るまで社会の根底を支えたものが「失われた」時代だったのである。

 しかしそのような時代においても、社会の中に生じる出来事は常に学知を拓き照らし返すような事実を我々に提示しているように思われる。宮台真司大澤真幸作田啓一といった社会学者らは「終わりなき日常」や「不可能性の時代」を青少年のうちに看取しながら、もはやなにものも確信に値しない社会を生きる知恵を模索した。革命も救済も訪れることのない、ひたすらに複雑化して見通しがきかなくなった淀む時代に、「脱力してまったり生きる」少女たち、現実を構成する意味秩序から放逐されて生きる我々と地続きである少年犯、それらは私たちが今一度「どのように生きることができるのか」、「何が我々の社会には必要なのか」を思考する契機を与えている。第1章はそうした時代を照らす存在を、周辺化されてきた郊外、女性、非大卒の若者に見出していく宮台真司に注目したものだ。そして第2章は規範の自明性喪失から、そもそも私たちが価値観や生き方に対する共通の基盤が失われた後に、必要なコミュニケーションの作法を末尾に置くことで章を結ぶ。「失われた一〇年」においても、社会学の学知は時代の変遷を大きく見据えて、私たちの生きる方途を模索する先達となり、時代の意味付けの作業において「失われざる一〇年」を構成したといえよう。

 

 ついで、第Ⅱ部:若者の生きづらさについて、である。すでに各章の要旨からタイトルについての妥当性は理解可能であろう。第3章が非自立な若者の心理主義的なバッシング、第4章がロスジェネ論壇の衰退、第5章が非正規雇用の若者たちの主体形成と運動、第6章がスクールカースト能力主義の貫徹、である。各章の違いはテーマの違いでもあるが、もう一つは「抽象度」の違いである。この中で最も抽象度の高い議論に接続していくのは第6章である。というのも能力主義という、「できないこと」を自己責任化し、厳しい処遇を甘受させるような社会の編成原理についての議論であるからだ。スクールカーストはそうした能力主義の再生産を分析する際の事例としての位置づけを与えられている。次いで第3章と第4章が言説の水準である。若者の生きづらさを構成する若者バッシングの機制と、そうしたバッシングに対抗する媒体としての論壇の消失は、共に言説の水準で生きづらさが構成されることに対する分析となっている。最後に第5章はもっともミクロな労働の現場における若者の文化形成、運動へのコミットメントを整理しており、生きづらい中にも希望を見出していく若者たちの実践をすくい上げている。

 第Ⅰ部で述べられているような大きな社会の価値観の自明性が崩壊しても、人々は無数の価値観、暗黙の判断基準に基づいて行為するものである。若者の自立が90年代以降、脅かされてきたことは、すでに社会経済的な不況に紐付けて語ったことであるが、そうした状況においても、若者は能力を問われ、自立せよと迫られ続けた、ということである。能力主義や自立の自明性が問われてこなかったのだ。ゆえに筆者らは能力主義を疑う地点を結び、自立の自明性を疑う必要を提起する。そしてそのような自立や「立派に金を稼ぐ」ということに、必ずしもこだわらず、自ら現状を満足のいくものにする若者たちの諸実践に光が当てられる。

 若者の生きづらさを構成するものは、若者の価値観や心理に還元しえない、社会構造上の問題、標準的ライフコースの自明視、対抗的な言説空間の消失、そして誰も疑うことのない能力主義であった。第Ⅱ部の各章は問題化される若者を取り巻く問題を鮮やかに浮かび上がらせていると言える。

 

 最後に、第Ⅲ部:若者文化の絶望と希望、である。このタイトルからして、最終章の小谷氏の担当章に合わせてつけられたのかな、と当初は思っていた。しかし第Ⅲ部は各章合わせて「若者文化の絶望と希望」である。というのも、第7章と第8章において取り上げられるヤンキーとオタクは、いずれも「原ヤンキー」の消失、「オタク的なもの」の拡散を分析しているからである。

 そもそも若者論自体がある種の不可能性を帯びるようになって久しい。オタクコンテンツの消費者は現在は若者だけとは限らないであろう。原ヤンキー的な人々は若者の間には見いだせず、広く拡散する形で「ヤンキー的なテイスト」を残す祭りや装飾があるというのが第8章の分析である。これ以外にも若者の問題とされてきた不安定就労の問題はすでに中高年にも広がりを見せており、若者固有の問題とは言い難い。保守的/革新的、あるいは社会参加といった意識/行為の水準でも、世代的な差異よりも階層的な差異によって説明される部分が多くなり、したがって若者というカテゴリーの有効性は疑わしいものになっている。「若者の溶解」が進んでいるのだ。若者文化の絶望とは、こういった事実をふまえてのネーミングであろうと思う。

 ではどこに希望があるのか。第7章は明るい展望を示す。様々な属性を貫いて受容されるオタクコンテンツの現状を逆手にとって、オタクの様々な研究可能性が開かれると筆者である辻氏は考えているようだ。グローバルなオタク研究、あるいはこれまであまり考慮されてこなかったオタクのジェンダー差についてなど、若者文化が拡散した先に社会を分析する新しいパースペクティブが開花していると考えられるのだ。第8章も同様にヤンキー的なものは社会に残り続けていると評価している。そしてそれは地方文化を豊かにしていく土壌となりうることが期待されている。若者が残したものは、社会を分析するパースペクティブや活力を残していったという点で、希望はある。

 これからも若者は社会に何事か新しいものをもたらし続けるであろうと編者である小谷氏は述べている。確かに何が若者固有のものであるのかは分かりにくくはなった。しかしかような形で若者文化が社会全体に普及していくような現象はこれまでも見られたし、それでもなお若者は次の時代に何らかの新しいものを作り出して、社会を変えてきたのである(その評価はさておくとして)。それを観察し、説明する者たちがシニカルなことだけを述べたりするのではなく、積極的に意味や機能を問い続ける営みの中に、若者論の道はあると小谷氏は考えているのではなかろうか。

 

5.若者論の半世紀を振り返って

 

 前項から足かけ半世紀にわたる若者論と、メタ若者論に触れてきた。この半世紀、青年論、若者論がその時代ごとに特徴的な若者と若者の行為に焦点を合わせ、そこに社会と人間の行為・コミュニケーションパターンを見てきたことは間違いないと思う。「モラトリアム人間」、「カプセル人間」、「アパシー」、「やさしさ」、「内部的離脱」、「新人類」、「オタク」、「島宇宙」、「フリーター」、「ひきこもり」、「自分探し」、「パラサイト・シングル」、「マイルドヤンキー」など、若者に現れる行為や性格的特徴を諸研究はターム化し、こうしたタームによってまた、ある種の虚像とでも言うべき若者像が流布していった。

  これらのタームがどの程度の範囲の若者に当てはまるのかは検証されなければならないだろう。フリーターやひきこもりは推計可能だが、そのほかのものは変数を設定してサンプリング調査でもしてみないと、その実態はつかめない。そしてこのような地道な検証を若者論は欠いてきたがために、居酒屋談義とか学者の余技とか言われてきたのであった。

 それはともかく、あらためて半世紀の若者表象を振り返ってみると、いくつか気が付くことがある。それを考察して本稿を閉じたいと思う。

 

 第一に、80年代以前と90年代以降とで、表象される若者とその含意が変化している。80年代以前の青年・若者論は、「モラトリアム人間」論がもっとも端的であるが、若者全体に広くみられる特徴を捉え、かつそうした特徴が場合によっては社会全体に広がっていくものと見なしていた。つまり若者という視角から社会全体の行方を明らかにするという方法をとっていたのである。しかし90年代以降の若者論においては、こうしたいわゆる「パースペクティブとしての若者」という認識が弱まっているように思う。これは世代間の差異だけではなく、世代内の差異が拡大していった結果であろう。格差社会が進行して世代内の階層的差異が拡大し、価値と選択可能性の増大が個人のライフコース、消費性向、趣味、政治的行為等の多様性を増大させる。そうした社会状況においてもはや若者を統一的に語ることは困難である。そして重要なことだが、若者を表象するタームは、その全体的傾向を示すものから、むしろ「分断線を顕在化させる種差的特徴を持つ対象」を呼び表すようになっていったのだ。フリーター、ひきこもり、パラサイト・シングル、マイルドヤンキーなどは、いずれも階層的にミドル以下であること示唆するタームであり、かつ階層的な上昇の見込みのなさも含意しているように思う。例えばマイルドヤンキーは階層上昇よりも地元の友人との付き合いが大切であり、そうした親密圏への濃密なコミットメントは彼らの選択の幅を極端に制限している。このように90年代以降の若者表象は、格差から分断に至る時代の変遷と若者カテゴリーの失効を受けて全体的特徴から種差的特徴へ表象するものを変化させてきた。これがまず一点目。

 

 第二に、戦後の青年・若者論は「~~からの切り離し」を描く切断の説明によって特徴づけられる。例えば「モラトリアム人間」とは、未決意識を引きずっていつまでも大人になろうとしない未成熟な心理的特徴を持つ社会的性格とされ、就職(あるいは定着)しようとしない、政治的意思決定をしない、といったような市民的未成熟を特徴としている。これは他の「やさしさ」、「内部的離脱」といった70年代の若者表象と類似的であり、政治社会からの切り離し、労働からの切り離し(正確にはいずれにも参加していたとしても意識の上では未決であり流動的であること)を説明している。「オタク」や「島宇宙」は「カプセル人間」論と類比的な、若者の個人化や親密圏への内閉化を説明する議論であり、これは価値観や諸々の選択ですれ違っていく人々とのコミュニケーションの断念(断絶)を説明していると見ることが可能だ。交流圏の選別・局域化により、若者はより親密圏に閉じた私生活主義者として表象されることになる。フリーターやひきこもりの議論が、こうした経済的、政治的、社会的なるものからの切断を看取し、説明するものであることは説明不要であろう。以上のように戦後若者論は、若年層が社会を構成する労働や政治といった社会システムから、あるいは社交圏から撤退ないし疎外されていく状況を描いてきた、という特徴がある。

 

 さしあたりこの二点が、私が戦後若者論を読みつつ考えてきたことである。もっと良い視角があるかもしれないが、現時点ではこのくらいである。

 さて、この二つの特徴は何を意味するのか。あるいはどのように評価可能だろうか。一つには、知識人たちが若者を対象として描いてきたものは、前期近代から後期近代への移行期に現れる人と社会の変化であった、ということが指摘できる。格差や分断、疎外状況や私化といったことは、近代が成熟していく過程に現れるものなのである。近代は個人を伝統的紐帯や、家族・会社といった中間集団から自由にしていく選択の増大をもたらし、また人々が生活を営むに際して利用し、関係する貨幣経済や民主制といった社会システムからの距離を生み出す。我々が日常生活で使用する様々な消費財も、政治経済システムも、一部の専門家が専門的知見を駆使して作成・管理・運営していくがゆえに、人々はそうした営みから疎外されているのだ。人々はただその成果を利用することができるだけであり、そのため人々はより一層、私生活へと方向づけられていく。働くことで手にする貨幣を商品と交換することで資本主義を駆動させ、紙によく知らない候補者の名前を書いて投票箱に入れる行為が民主制を正当化していく。そのようにして社会システムを動かしているにも関わらず、システムそのものは変えられず、生活をシステムに方向づけられていく社会が近代社会であり、ハーバーマスはこれを「生活世界の植民地化」といったわけである。

 若者論はまさにこうした社会の特徴と変遷を、若者という時代の影響を受けやすい対象を通じて明らかにしてきたと言える。前稿・本稿でみてきた若者論・メタ若者論も、そうした社会の変化と関連する若者たちの動向を把握し、異なる視角から一部を論じている(非正規雇用者とかオタクとか)。ただし、そうした大きな社会、あるいは社会理論との関係で若者が論じられることは多くなかったように思う。こうした整理と以後の課題の提示は、今後、何かしらの形でまとめなければと考えている(現状、論文にできるほどの分析の厚みはないが)

 

  次に「全体的特徴から種差的特徴へ」という若者論の記述上の変化についてであるが、これについては社会科学として正常な方向に議論が向かった、という風に評価している。そもそも若年層と一口に言っても、その世代の人々の間には以前から多様性があったわけである。無論、その多様性の程度ということであれば、過去よりも現在の方が程度が大きいということはあり得るが、所詮は程度の問題ではないだろうか。重要なのは若者たちの間に引かれた分断線が、何に沿って引かれており、その分断は他の分断といかなる関係性を持っているのか、何によって分断線が説明されるのかを、一つ一つ明らかにしていくことである。分断線の数が多くなりすぎて、有意味な類型化が困難になったのではないか、との反論があるかもしれないが、それについては今後の研究者たちの努力次第であろう。以前から説明力を持ってきた学歴や階層、年齢、性別といった属性変数だけではなく、ミクロな観察を通じて明らかにしたネットワークや価値観をその都度類型化と説明に資する形で用いることで、若者のいくつかの社会的役割や問題の現れを明らかにすることができると私は展望している。とりわけ、次に書くことに関わるが私は若者たちの公共的な主体としてのあり方は、いくつかの類型によって把握可能であるし、説明できるものだと考えて研究を進めている。

 

 最後に、「切断の説明」のその先を展望することで本稿を終えたい。若者が政治、経済、社会的なるものから切り離されてきたことを若者論は説明してきたし、それが近代の移行期を照らし出すものであったことは、先ほど説明した。特に政治からの切り離しは顕著で、投票率は90年あたりから急激に降下していくし、社会運動や署名への参加といった他の政治行動も若者は極めて低調である。非正規雇用率は上昇し、失業率も若年層においては相対的に高水準である。これは私的生活の基盤が揺らぎ、公的空間からの切り離しを意味するものであると一般的には理解されるし、そのこと自体は間違ってはいない。だがこれは私生活を支えるものが賃労働・自営業であり、公共参加を従来から認められてきた制度的な政治への影響力の行使に限った場合に、正しいのである。すなわち、人々の生活を支えたり、社会運営に影響を与える回路が変わったり多元化して来たりしている場合は、そのような新たな「労働」や新たな「政治」を定義し、捉えて、若者の動向を把握していかなければならないのである。そうでなければ、社会学は意味のあるものを捉えられない。

 新しい「労働」については私は詳しくないので、上手く提示できないが、一つには仕事を複数持つこと暮らしを安定させる、特に田舎暮らしの戦略として提示される働き方がありうるだろう。それぞれはすべて非正規であるとしても、数を増やすことで安定化をはかるのである。もっともこのような働き方をしている人は現状、そう多くないかもしれないが、そのような新しい労働において若者たちの生や問題を理解する必要性が生じる可能性はある。

 「政治」についてはすでに先行研究があり、実証的な蓄積も進んできた。もうここでは詳しく説明しないがU.ベックの「サブ政治」、A.ギデンズの「ライフ・ポリティクス」などは、これまでと異なる政治目標、政治回路を示すものだ。このような「政治」は従来の政治が対応してきた「富の再分配」の政治とは異なる目標を持ち、垂直的に政治エリートが配置され権力を独占・行使する回路の外側に社会を実質的に組み替えていく方途を見出していく。政治家でなくとも、若者でも、ある分野に非常に詳しく、また豊かなネットワークを持っている人であれば、何かを変えるアクターとなることも可能である。こういったことはとりわけ小さな自治体における、まちづくり政策などの場面で現実に見られていることである。近年、地方の若者が注目されているが、関心の一つの的になっているのは、こういった従来とはことなる回路を通って「わが町」を変えていくような、「新しい公共」の担い手である。

 まとめよう。従来より若者は様々な形で労働や政治から疎外されてきたことを、若者論は手厚く論じてきた。しかしだからといって若者の社会的役割や創造力が消えたわけでもなく、また新しく、それゆえに把握されにくい形で社会に影響を与えている可能性も否定できないのである。したがって若者を単に「親密圏にこもっている」とか「私生活主義者である」と表象して終わらせるのではなく、そうした断定を超えて、長らく日本の若者論が見落としてきた若者の政治性、あるいは公共性を捉えるという営みが、今後求められていくのではないかと私は考えている(少し前に投稿した論文にも、部分的に同じようなことは書いたが、もう少し詳しく説得的に展開させておきたいところ)。さらに付け加えておくと、そうした公共性の具体的現れである政治参加や地域参加も、若者の種差を明らかにする分断線である。しかもかなりはっきりと分断していると私は見ており、このことは今後の若者たちの社会的影響力の面での格差として、問題になる(というか、私がしたいのか)はずである。

 

 さて、ここまで前稿と本稿合わせて2万字、投稿論文くらいのサイズになってしまった。誰がこんな長くて読みにくいブログ記事など読むのだろうか。なのでそろそろやめるが、最後に前稿冒頭の関心に戻っておこう。『二十一世紀の若者論』とその25年前の著作である『若者論を読む』は、若者研究を志す(人が今後いるのかどうか分からないが)者にとっては若者と時代を知る良い案内となるはずだ。若者がそうであるように、若者論もまた、時代や研究者たちの関心を反映しており、その点も興味深い。私にとっては第5節でまとめたように、「研究者の視角の死角」をこの著作から学ばせていただいた。その論点は今なお自分の研究のルーツである。

 

 最後になるが、ここで書いてきたことの一部(主に要旨と各部考察)は、ある研究会にて『二十一世紀の若者論』の合評会の評者を務めさせて頂いた際、お話しした内容に加筆・修正を加えたものである。編者の小谷敏先生をはじめ、多くの執筆者の先生方が出席して下さり、有益なコメントやご批評、および楽しい楽屋話を聞かせて下さった。それらご意見も加味しつつ、ここ一か月間、投稿論文を書きながら考え巡らせたことをまとめた次第である。多少なりとも先達の学恩に報いるまとめ・知見になっていれば幸いである。まだまだ読みが甘く、考察も道半ばではあるが。

 それではまた。

書評前夜:小谷敏編(2017)『二十一世紀の若者論―あいまいな不安を生きる』(1)

 今から五年前くらいだったと思う。大学の卒業論文の対象を若者にしようと決めてから、若者と名の付く著作や論文を探しては読むことを繰り返していた。アトランダムに知識が蓄積されていく一方で、そうした研究群をいかにして整理できるのかについては知見を持ちえず、そういう期間が半年は続いたと思う。

 

 この膨大な研究群を見通すことはできないだろうか。ある種の史学的研究に取り組む初学者ならば誰もがいだくであろうこの欲求に答えるような著作に、ある縁から出会った。それが本稿で紹介する『二十一世紀の若者論』*1の前作にあたる、『若者論を読む』*2であった。この本を通じて、素人の中の素人だった私は、若者研究を批評的に読むということを学び、自らの問いを若者研究史の死角の中に見出していくことができたし、戦後若者論が隆盛していく70年代から90年代初頭までの若者論についての見取り図を得ることができた。私にとって素人にその分野のなんたるかを明快に理解させ、隆盛する若者論を鮮やかに切って見せてくれたのが、1993年に出版された『若者論を読む』だったのである。

 

 『若者論を読む』からおよそ四半世紀、その後も若者論が学術の内外で記され続けた。『二十一世紀の若者論』は、90年代からの若者論の歩みを新たにまとめた著作である。本書の冒頭にも書かれるように、往時より若者論の数は減ったかもしれないが、いまだにかなりの数の若者論が語られているのであって、その見取り図は初学者のみならず、若者の生態に関心を持つすべての人々に求められるであろう。本書はそうした知的関心に応えうる好著である。また前著と合わせて読むと、若者を語る時代背景、研究背景の移り変わりと言うべきものも視野に収められる。

 

 この記事では前著となる『若者論を読む』に触れ、『二十一世紀の若者論』の前史となる若者論をごく簡単に示してみたい。その際に『若者論を読む』の5年後に書かれた、同じ編者の手による『若者たちの変貌』*3にも多少言及しつつ、『二十一世紀の若者論』が書かれる素地を確認することにしよう。

 (もともと一つの記事に前著と合わせて紹介する予定だったが、かなり長くなるうえに整理がつきにくいということもあって、二つに分けることにした)

 

1.前史としての『若者論を読む』

 

 我々が構成する社会の中で、成員としての地位を持ち始めたばかりの人、あるいは子どもと大人の境界にあって、成熟の期される存在として、青年―あるいは若者と呼ばれる人々は存在している*4。そうした年若い人々についての語りはいつの時代にも存在しているものであるが、特に70年代半ば以降は青年・若者論が非常に増加していく。時代は60年代末の学生闘争*5が収束し、相対的に若者がおとなしくなったとされる時期なのであるが、そうした時代に若者を論じる著作が増えていくのである。

 

 キーワードをいくつか挙げよう。まず、非常に広く知られるところとなった「モラトリアム人間*6を筆頭に、「無気力(アパシー)」、「しらけ」といったワードが、時代を先取りする存在としての若者を語る語彙になっていく。、また文化論として、全共闘のまじめに対して「あそび」*7や、ユニークな若者の生態を魅力的なワードで表現した「カプセル人間」*8などが出現し、70年代の若者論を開花させていくこととなった。

 学生運動という「政治の季節」を潜り抜けたあとの若者たちは、非常におとなしく、それどころか無気力であり、できるだけ大人になることを引き延ばそうとしている(未決意識を引きずる)。まじめだった学生運動の担い手とは異なり、そうしたまじめを笑い、ユニークさをもとめて「あそび」志向になっている。こうして70年代の若者たちは多分に60年代末の学生運動世代と比較されつつ*9、その特異性が論じられ、社会的性格*10としてやり玉に挙げられていくようになる。反体制のまじめな運動に没入していった青年とは異なり、そうした体制的価値に反発するのでも、完全に適応するのでもなく、表面的には従いながら、完全には乗りきらないしたたかさ、「内部的離脱」*11を示すとされた。「モラトリアム人間」論とは、こうした若者たちの未決意識を市民規範の観点からバッシングするものだったが、「あそび」や「やさしさ」*12といったキーワードで若者を捉える議論は、そうした若者たちのあり方を、体制に対するノンコミットメントの脅威として、幾分肯定的に語ったのであった。

 

 さて、このまま『若者論を読む』の射程に収められた研究をざっくり見ていく。80年代からは情報社会、消費社会との関連で若者が語られることになる。消費文化の最先端として、新たなファッション、新たな技術に適応していく若者たちが様々な形で論じられていくことになる。とりわけ有名なのは「新人類」という言葉だろう。80年代から90年代初頭にかけて様々な消費財の出現、情報技術革新がおこる中で、独特な消費行動、のみならず生き方をする、前世代からすればエイリアンのような若者たちをさして「新人類」と称したのである。昇進することには何のこだわりもなく、会社に執着するような素振りも見せない。新しいものを感性にしたがって取り入れて生活を刷新していくようなアクティブな人々として、若者が語られていた*13。「情報新人類」、または「コンピュータ新人類」*14といった言葉も出現し、社会学者だけではなく、精神科医や心理学者なども引き続き若者を論じていく時代であった。さらに彼らの消費は大衆との差異化を志向性として持ち、それゆえに「少衆」(藤岡前掲書)、あるいは「分衆」(@博報堂)などとも称され、大量消費社会の終わりを告げる存在として、若者は位置付けられていたように思う。多品種少量生産の時代を象徴する存在である。

 

 もう一つが80年代後半から登場する「オタク」論が80年代を語るうえで重要なワードであろうか。80年代の終わりに別冊宝島が『「おたく」の誕生』*15という本を出すが、オタク論はのちに宮台真司という社会学者の議論によって学術的な位置づけを得ていく*16。マンガやアニメなどのサブカルチャーに強い関心を示し、そうした商品を収集し、それに対しては並外れた熱意と知識を有する存在―だがコミュニケーション能力は低い―としておたくという新たな生態が若者論の俎上に乗っていく時代が、80年代だったのである。ちなみにオタク研究は以後のオタクカルチャーの広まり、グローバルな展開に呼応するようにして、現在まで評論家や社会学者によって様々な言説や実証研究がなされている。

 

 かなり大まかではあるが、『若者論を読む』で取り上げられているのは以上のような論説・研究である。エリクソン心理的な発達段階論を取り入れた青年論を出発点として、消費論、新人類論へと論が進められ、ちょうど90年代に入るころまでが射程に収められている。

 この時、『若者論を読む』が持っていた課題は次のようなものである。

 すなわち、70年代から様々な形で流布した、その時代ごとの若者の心性・生態を捉える言説群は果たして実証的に妥当なものなのであろうか?これである。

 のちに多くの若者研究が振り返るように、ともすれば若者についての語りは居酒屋談義的なものになりがちである。身近な若者をあげつらってそれについて滔々と語るような、実証性を欠いた印象論になりがちなのだ。にもかかわらず、その言説が「若者」を語って世に流布するたびに、現実とは乖離しているか、あるいはごく一部の若者たちの生態が「若者全体」の特性として理解され、広まってしまう。『若者論を読む』を編んだ筆者たちはこのことを危惧し、独自のアンケートデータなどを駆使しながら検証していったのである。結果、若者論は適切に現実の若者を描くものであるというよりもごく少数の若者像にクローズアップするような、行き過ぎたものになっていることが示された。例えば、「新人類」と呼ばれる若者世代は、言われるほどアクティブでも革新的でもないというのが平均的な姿なのである。

 

 まとめよう。「モラトリアム人間」、「新人類」、「オタク」といった表象が若者全体を説明するような大柄な議論である一方、そうした議論は全体を語るのに適切な実証的方法を欠き、誤った若者像を世間に広めているのではないかとされたのである。

 テーマとしては若者の社会性・非自立が心理学的に着目された70年代から、消費社会論の文脈にのって若者の行動が分析される80年代以降というように、大きく二分されて理解されることが一般的である。

 若者論において、非常にがさつだが大柄な(あるいは大それた)話が息づいて、社会現象を先取りする存在として若者が語られていた時代を、『若者論を読む』は生き生きと描きながらも、手際よく切り分けていったのである(ちょうどその時代を生きてきた筆者たちだったからこそ、その印象論の行き過ぎに気が付き、それを訂正する使命を持つに至ったのだと、冒頭で説明されている)。無論、そうした言説の成果すべてを批判する意図があるわけではない。実証性に乏しくとも優れた言説というものは存在している。

 

 …ちなみに60年代の政治の季節については『若者たちの変貌』という著作にて、小谷敏氏が単独でまとめている。『若者論を読む』では扱えなかった60年代の若者現象を世界的な動きと絡めて説明していく言説に紙幅の五分の二が割かれており、前著の空白を埋める仕事となっている。70年代の若者論が実は60年代末の若者像を比較対象として持っているとするならば(そのことは若者論においては忘れられているような気がするのだが)、この作業は非常に重要なはずだ。全共闘運動とは何だったのかについての評価をめぐっては後に当事者や評論家、社会学者などが様々な形で書いているのであるが、ここにその一つを見ることができる。関心のある方は是非。

 

 次の記事で『二十一世紀の若者論』の内容紹介と評論に入る。ご関心を持たれた方は引き続き読んでいただきたい。

 それでは。

 

※追記

 この70年代から90年代初頭までという、20年程度のスパンの中で、若者研究の何が変わり、何が変わっていないのだろうか。テーマは変わってきたと言えるかもしれない。この時期にはまず若者の心理的特性に着目する議論が登場しているし、消費社会と若者のスタイルを論じる文化論の嚆矢ともなる議論が出現している。ただ、それ以上に変わったと私が思うのは、若者の社会内における位置づけというか、大人のまなざしが変化したと思うのである。すなわち、若者を「市民社会を構成する政治的存在」として理解しようとする、ある種60年代と地続きな青年論と、もはや若者に政治的な意義を見出さずに、消費や文化の枠組みの中で若者を捉えようとする80年代の議論である。以降の議論の中で、若者を政治的な主体として認識する議論というのは少ない。次の記事で触れるが、90年代後半からはフリーターやニート、ひきこもりといった経済的自立の問題がクローズアップされたり、自分探し、承認、コンサマトリー、マイルドヤンキーといった議論は、アイデンティティやコミュニケーションのあり方をめぐる議論であって、若者を大きな社会の中に位置づけて論じるという方向性は持ちえなかったのである。

 若者論というのは、社会の変化を先取りして体現する若者の存在様式に焦点を合わせ、若者の傾向から社会を論じるという特徴があるという点では、さほど大きな変化をしていない。しかし若者論がその都度テーマを変遷させながら、より私的な存在として若者を描き出すようになったことはまた、若者と共に若者研究それ自体が非政治的な領域になっていったこともまた示しているように思う。

 だから私は若者の持つ政治的な部分、政治性として認知され得る資質についての研究を学部生の頃から始めたのであった。過去の若者研究が、その大事な部分が空白であると教えてくれたのである。

 

*1:小谷敏編(2017)『二十一世紀の若者論―あいまいな不安を生きる』世界思想社.

*2:小谷敏編(1993)『若者論を読む』世界思想社.

*3:小谷敏(1998)『若者たちの変貌―世代をめぐる社会学的物語』世界思想社.

*4:青年と若者という二つの呼称の差異は、前者が成熟しゆく存在として期待されているのに対して、後者はそうした成熟を抜きにして単純にある年齢層を指すものとして用いられる、と解されている。

*5:1968年安保の際に当時の大学生が中心となって行われた対抗運動のことで、そのテーマは安保に限らず世界的なムーブメントとなったベトナム戦争反対、大学当局との対立、高度に発達した資本主義社会への異議申し立てなどを含む。のちに開花する様々な社会運動―環境運動、フェミニズム運動といった新しい社会運動の先駆けとなったと評価されることもある。

*6:小此木啓吾(1981)『モラトリアム人間の時代』中公文庫.

*7:井上俊(1973)『死にがいの喪失』筑摩書房.

*8:平野秀秋中野収(1975)『コピー体験の文化―孤独な群集の後裔』時事通信社.

*9:島朗(1973)『現代青年論』有斐閣双書.

*10:社会的性格とは、ある種の人格特性として、社会的に広く見出されるパーソナリティを指す。D.リースマンの『孤独な群集』の中では、世代ごとに異なるコミュニケーション・パターンとして記述されており、日本の社会的性格の議論の嚆矢はここにある

*11:濱島前掲書

*12:栗原彬(1981)『やさしさのゆくえ=現代青年論』筑摩書房

*13:藤岡和賀夫(1987)『さよなら、大衆』PHP文庫.

*14:野田正彰(1994)『コンピュータ新人類の研究』文春文庫.

*15:別冊宝島編集部編(2000)『「おたく」の誕生!!』宝島社文庫

*16:宮台真司・石原英樹・大塚明子(2007)『増強 サブカルチャー神話解体―少女・音楽・マンガ・性の変容と現在』ちくま文庫.

【備忘録】税と社会保障の学習―市民企画への参加

 若者の社会参加・政治参加の研究をしている関係で、紹介をいただいた市民団体のとある企画に参加してきた。企画としては税と社会保障についての知識を問い、そうした知識をゲーム形式で学ぶ、というもの。対象は高校生から大学生と設定されていた。

 以下、簡単に企画内容を整理しておく。

 

1.問題意識

 どういった経緯で一市民団体がそうした企画を展開するに至ったのか。あまり詳しいことには言及しないが、一つ挙げられるのは、我々主権者が社会生活を営む中で、不可避的に関わっていくことになる社会保障や税制度について、ほとんど良く知らないという問題意識である。働くようになれば雇用保険国民健康保険を支払うし、累進性のある所得税を支払う。地方税である住民税も、働いているのであれば会社を通して支払うことになるわけであるが、そうした税金を支払っているにも関わらず、我々はそうした制度がなぜ(そのように)存在し、いかに私たちの生活に役に立っているのか―あるいは立っていないのかを考えなくとも生活できてしまう。主権者として、そうした社会制度を提示する政治に対して意思表示を行っていく権利を有しているはずであるが、無知のままに制度に取り巻かれ、コストをかけて生活しているという現状が存在している。

 こうした税や社会保障に関する知識は中学校の社会科や高校の現代社会、公民等で学習するのであるが、それが私たちの具体的な生活にいかに関わっているのかについては、不十分な理解しかないのではないのか、というのが市民企画の問題意識である。

 より具体的に言えば、労災申請を行わない企業で働くこと、不鮮明な天引きの存在する企業で働くことなど、知識がないがゆえに知らずに巻き込まれてしまう現実がある。税金の利用のされ方が分からないがために、強い「痛税感」を持つなど、知識や経験がないことが不利益や独特の意識の形成を促す要因となっていると考えられる。

 

2.企画内容

 したがって企画では高校生や大学生の若者を対象として税と社会保障に関する知識を問い、それをゲーム形式で学び、事後アンケートで考え・評価の変化を確認する、ということを行っていた。

 ゲームはすごろく形式で、コマを進め、止まったマスごとに失業や年金手帳の返却、労災の非申請などのイベントがおき、そうした出来事が起きるたびに、ごく簡潔に制度についてまとめられた冊子を読み上げることで学習を行う。保険制度や労働基準法、年金制度の仕組み、給与明細の読み方などを、ゲームを進める中で徐々に学ぶことができる。

 実際の企画は高校生を対象として行っていたようだ(大学に入って市民団体が活動を行うのは難しい)。私が参加した企画では、5人でゲームを行って、社会保障や年金制度の必要について議論を行った。参加者の立場をお金に困らない富裕層と仮定し、それでも社会保障や年金制度は必要なのかを問いかけ、議論を促す構成である。病院に厄介になることの少ない若者で、仮に通院するとしてもその時だけ医療費を負担すれば良く、それが出来てしまう立場にあるとしたら、医療費は果たして払う必要があるのか。十分な貯蓄を個人的に行うことができる収入があるとして、年金の支払いは必要なのだろうか。ゲームでの学びを生かしながら議論を進めた。実際の討論については次にまとめておく。興味深い結果であった。

 

3.議論について

 今しがた書いたように、ゲームを通して学んだあとに、社会保障制度の是非をめぐる議論を少しばかり行った。時間に限りがあったので、主に二つだけ。医療保険制度は必要か、なぜそう思うのか。年金制度は必要か、なぜそう思うのか。この二点だけ議論を行った。役割は富裕層としてこれについて考えてもらい、次のように意見が出た。

 まず保険に関しては全員が必要だと思うし、仮に自分が制度がなくても困らないとしても、必要であると意見を述べていた。病気になったときに病院にかかれないのでは困るから、みんなで負担すべきだと思う、などの意見が出た。

 次に年金だが、これは半々に割れた。年金は自分で積み立てられるならわざわざ制度を使うこともない、というのが廃止派の意見で、継続派は老後の生活に困らないようにみんなで積み立てておくべきといった意見だったように思う。

 

 基本的にはどちらの制度も、皆で支払うことで、皆がしかるべきタイミングで利益を享受できるorリスクを回避することを目的とした制度である。国民皆保険と年金ではもちろん仕組みが大きく違うし、積み立ての種類と年数によって金額の変動する年金と、保険制度では逆進性の程度も異なるが、高校生がそうしたことを理解して発言しているのではないことは、意見の理由づけから明らかなように思えた。なぜこのような違いが出たのだろうか。

 答えは分からないが、仮説として医療は「困っている」ことが前提になるからではないか。病院にかかるということは、すでにその時点で何らかの苦痛を背負っている状態である。だからそれを取り除く医療を受けられないことは「なんとなく酷い」と思ったのだろう。ひるがえって年金はそうした配慮の必要性からは遠く感じられる。将来までに十分貯金ができれば制度は必要ないと考えることも(富裕層という設定でもあるし)できる。実際には年金がなくとも十分な生活ができるほどの貯蓄ができる所得階層など、そう多くはないはずだが。頑張って貯金すれば良いという、ある種楽観的な意見が半分なのであった。

 

 次にこうした議論を行った後、市民団体員の一人が次のような役割を演じた。「日々の暮らしだけで精一杯で、保険料を支払う余裕なんてとてもない。けれど保険制度は利用したい。今以上に働きたくないし、なんなら働きたくもない。年金も払いたくない」

 このような役割を演じた意図は次のようなものであろう。すなわち、学生が医療保険制度で支えても良い、年金制度を共に支えても良いと想定している他者の中に、上述のような「不遜な他者」は含まれているのか、それを確認しようとしているのである。負担する余裕がないだけではなく、そもそも負担する気持ち、努力する気持ちを持ち合わせていない他者も包摂する制度として、それでもなお支えると言えるのかが問われているのである。

 これに対して何人かの高校生の意見は次の通り。「働ける人はきちんと働いて支払う努力をするべき。それで受給できるようにする」「借金をしたことがあるような(不真面目な)人は受けられないようにする」。要するに社会保障制度の受給要件に努力義務や道徳的なまっとうさを求め、そこで線引きを行うのが良いのではないのか、という意見がみられたわけである。つまり「不遜な他者」は包摂しない、と。

 先の制度に対する意見と考え合わせると、やはり「善人」は困っていれば助けるが、「悪人」は自業自得ではないか、ということなのかもしれない。どうしようもない病であれば医療は平等に受けられてしかるべきだが、将来のお金は今からの努力次第でなんとかなるのだから、という考え方も、こうした方正な努力をすべきであるという意識に支えられているように思われる。

 

4.まとめ

 最後に書いた「誰が支払い、誰が社会保障の受益者となるのか」という問題に対しては、明確な答えがない。法制上定義されているとしても、それが普遍的に適用される現実があるわけでもなければ、それが将来にわたり不変なものであるわけでもないからだ。企画の締めとしては、「そうしたことの是非を決定しているのは政治であり、高校生も18歳からは選挙権を持つ。社会保障費の増大する社会の中で、その今後を担っていくのは現代の若者なのであり、そのことを決定していくのは投票権を持つ皆さんである。是非こうしたことを今後も学び、関心を持って選挙に行ってほしい」というものであった。要するにそれを考えるのは皆さんである、と。

 もともとこの企画は最終ゴールとして、「若者が政治に関心を持って、自分の問題だと捉えて参加すること」を設定しているという(だから若者の政治意識・政治参加を研究している私のところに人づてで話が舞い込んできた)。私たちは社会生活を営む中で、いかにして政治と関わっているのか、そのことを示す一つの有力な事例として、税と社会保障の制度がある、と企画サイドは考えているようだ。正解のないことだが、皆が関わることである。だから関心を持つ、意思表示をする。それが民主主義であるし、政治はそこにこそあるというのが、規範的理念である。

 以上の企画はいわゆる「シティズンシップ教育」の一端というべき内容である。社会制度が複雑化し、その運用が専門家の手に委ねられる時代にあって、十分な知識を有した上で評価し、意見することのハードルは明らかに高くなっている。そうした時代状況において今後ますます、こうした制度の理解は不可欠になっていくだろう。そうでなければ縦割りになった制度は個々の専門家集団によって考えられ、公官庁で文書化され、議会を通過して施行されていくことになる、私たちの知らないところで。民主主義の本分は制度の専門家や独占的な管理によっても失われていくことを理解し、少しでも市民がコミットメント可能な制度や学習の機会が増えることが望まれる。

 人々が忙しい時代である。そんな悠長なことを…という意見も分からなくはない。市民に判断できることには限界があるという理屈も分かる。ただすべてを専門家や権力者に丸投げするというのも抵抗があるとすれば、可能な範囲で選択主体になりうるくらいの知識や経験のビルドインは不可欠である。ここが民主主義を採用している国であり、かつそれを止めないというのであれば、具体的にそれを維持する努力をやるくらいのことは必要ではなかろうか。

 

 やや散漫な印象記といったところだが、久方ぶりの更新はこれにて。

 それでは。

 

 

評論:中森弘樹(2017)『失踪の社会学―親密性と責任をめぐる試論』

 気鋭の若手による意欲作、中森弘樹『失踪の社会学*1を読了した。

 本書は一つ前の記事にも書いた日本社会学会にて、著作の部で受賞した作品である。日本社会学会では論文や著作で受賞した方はその年の学会で受賞記念講演をすることになっており、私は都合上、拝聴することは叶わなかったが、タイトルから非常に惹かれるものがあった。そんな話を同じ大学の同学年の友人としていて、立ち寄った書籍部のコーナーに都合よく置かれていたため、手に取った次第である。

 本書について知らなかった私は、タイトルから「逃れ難い親密な関係性から逃れていく不可解な出来事の、自由と困難について考察するのだろう」と推察して購入した。それほど外れてはいなかったと読了後としては思うが、筆者の考察の密度は予測をはるかに上回るものであり、本書を世代が同じ若手が書いた力作として仰ぎ見るものである。

 

 さて、本書が事例として扱うのは「失踪」である。本書は失踪を「人が家族や集団から消え去り、長期的に連絡が取れずに所在も不明な状態が継続する現象」と定義する。参照されている統計データにある通り、日本では年間に8万件程度の失踪が警察に届け出られ、そのうち大半は発見がなされるが、数千件は見つかることなく、失踪を続けている。この事実自体、恐らく多くの方々にとって驚くべきことであり、したがってこれを現代の隠れた社会問題であると指摘することも可能であるが、中森氏が関心を寄せているのは、失踪の社会問題としての側面ではない。中森氏は失踪という事例から「親密な関係性」からの離脱が、言説としていかにして語られるか、親密な関係にあった者たちにどのような形で理解されるか、失踪者家族の支援はいかにしてなされるか、そして失踪した者たちは何をどのように思考していたのかを捉える。そこから、親密な関係性から逃れることの抵抗感が、いかなる論理によって生じているのかを導き出す。これが本書の目的である。

 本書の章立ては以下の通り。

 

第1章 なぜ私たちは「親密な関係」から離脱しないのか

第2章 失踪の実態はどこまで把握可能か

第3章 失踪の歴史社会学―戦後から現在までの雑誌記事分析

第4章 失踪の家族社会学

第5章 失踪者の家族をいかにして支援すべき―MPSの取り組みから

第6章 失踪者のライフヒストリー

第7章 親密なる者への責任

第8章 現代社会と責任の倫理

第9章 行為としての<失踪>の可能性

 

 まず理論的検討と失踪の実態把握が第一部にて行われる(第一章・二章)。次いで失踪にまるわる言説の分析がなされ、失踪が責任の不履行であるとの認識を引き出していく(第三章)。そこから実際に失踪当事者である、失踪された家族(第4章)、失踪された家族を支援するNPO団体(第5章)、失踪経験者(第6章)のヒアリングが分析され、引き出した知見を一般的知識に還元する目的で、以降の章が理論と事例を往復しつつ書かれている(第7章~終章)。一見して、事例以上に考察が分厚いのが本書の特徴である。それでは本書の要旨に移ろう。

 

1.『失踪の社会学』要旨

 

  本書の概要を手短にまとめるにあたり、まず問いを構成する理論と事実を指摘しておくべきだろう。現代社会とは、人々を強く結びつける伝統や紐帯が弱まり、様々な関係性が個人の選択の結果として成立してくるような時代である。農村に住む親族の強固な紐帯も、会社や家族といった中間集団も流動的になっていくのが、いわゆる後期近代*2再帰的近代*3と呼ばれる現代の特徴である。したがって様々な関係性から人々は自由になるとともに、そうした関係性は絶えず個々の努力によって繋ぎ止められるようなものになってくると考えられる。以上のように、個々の関係性に外在する条件によって紐帯の存否が決められるのではなく、人々の選択と意思に基づいて維持される関係のことを、A.ギデンズは「純粋な関係」と呼んでいる*4

 このように他者との関係性が自由で選択的なものになっていくという理論がある一方で、筆者は人々が決して様々な関係性から完全に自由になっているわけではなく、むしろ近年、親密な関係性から離脱することの困難を、人々が感じているとの事実を統計データから示している。親密な関係であっても、選択的なものになっていくという理論がある一方で、それと矛盾するような意識が広範に認められたということだ。

 

 これはどういうことだろうか。関係性は自由かつ選択的なものになりつつも、親密な関係性からの逃れ難さが強まっているのは、なぜなのか。筆者はそこで次のように問いを立てる。すなわち親密な関係からの離脱を困難にしているものとは何か、である。

 筆者の検討によると、離脱の困難は「リスクがあるから」「愛があるから」「社会的・経済的な条件によって困難だから」といった従来の議論では説明しきれない部分が残るという。親密な関係性からの逃れ難さは、離脱がリスクを生むからでも、そこに否応なしに引き付けられるような愛があるからでも、様々な社会的負担・経済的困難が生じるからでもない。いや、正確にはそうしたことも、もちろん親密な関係性からの離脱の困難を構成するのだが、それだけでは説明がしつくされないということを筆者は主張している。ではその逃れ難さを生むものは何か。この問いに答えることが本書の目標である。

 

 筆者は以上の問いに、タイトルにもあるように「失踪」という、いささか極端な事例を検討することを通して答えようとしている。筆者によると、失踪は極限的な事例であるのだが、親密性からの離脱の困難が考察される際に、失踪という事例が有益な知見をもたらしうるのは、まさにそれが極端な事例であることに起因する。というもの人々が親密な人々との関係性をつつがなく営んでる最中には、それがなぜ維持されているのか、どのように維持されているのか、なぜそこから抜け出すことがないのか、ということは自明性の闇の中に消えているからである。それが意識化されるのは、それが壊れる時―失踪される経験や失踪する経験が生じた時である。

 さらに失踪はその定義からして、人々の単純な理解を拒む側面がある。例えば失踪された人々にとっては、失踪者が何のために失踪したのか分からないことも多いし、仮にその目的が推測可能であるとしても、失踪された人々は失踪者の安否を確認することも、呼びかけを行うこともできない。人が不条理に消えるという経験、あるいは不条理に離脱するという行為において、恐らくその時初めて明らかになる親密な関係性の意味や、離脱の困難性があるはずなのである。筆者の言葉を借りていえば、本書は「失踪当事者の観察の観察」実践というわけだ。

 こうして筆者は失踪を事例として、次の4つのデータを検討する。第一に戦後の失踪や蒸発、家出、行方不明を扱った雑誌記事の言説である。第二に失踪された家族へのヒアリングデータ、第三に失踪された家族を支援するNPO団体の職員へのヒアリングデータである。最後に貴重な失踪経験者へのヒアリングデータを検討する。

 なぜ失踪当事者の検討において事例が家族に限定されるのか、どのようにデータを収集しているのか、データの扱いや分析はどのように行っているのか、筆者の立場はいかなるものかなどは、本書を参照していただきたい。ただ、ここで重要な「事例を家族関係に限る理由」についてのみ簡単に触れておくと、家族がリスク、愛、社会的・経済的条件といった、離脱の困難を構成する従来の議論の要素をすべて含むからであり、筆者の「別の要因がある」という仮説を検証しやすいからである。

 

 ではその「別の要因」となるものは何か。筆者は1950年代から2015年までの失踪にまつわる雑誌記事を検討する中で、大まかに次の二つの知見を引き出している。

 第一に失踪言説はその時代や失踪者の属性に応じて家出、蒸発、行方不明と言葉を変えているが、失踪そのものの言説上の扱われ方もまた、時代ごとに異なるものになっている。1950年代では地方から都市部への家出が、1970年前後では家庭からの妻の「蒸発」が、1990年にはティーンの「プチ家出」が、2010年代には高齢者の所在不明問題が中心的なトピックになっている。これは失踪という出来事が社会や価値規範の変化を受けて変わっていくものであることを示唆しており、このことは筆者が参照している現代社会理論の示す近代・後期近代の議論に対応している。

 地方・都市間の消費や労働環境の格差が都市への羨望、出稼ぎ移動を生み出していく50年代、戦後家族モデルの修正期を象徴するかのような家庭からの妻の離脱が語れらた70年代、親密な関係性さえも選択的なものになったことを示すライトな「プチ家出」の90年代、といった具合に(2010年代の問題である「高齢者所在不明問題」については本書の終盤で説明される)。失踪言説は社会と価値規範の変化を被るものであることが確認される。

 第二に、こちらが本書の問いにとって重要な点であるが、失踪言説には失踪者のリスクを懸念する視点、失踪が社会秩序を乱す逸脱(犯罪)の温床となるという視点のほかに、家族からの離脱、及び離脱した家族成員を探さないということに対する「責任」という視点がつきまとっていた。とりわけ最後の「責任」、というよりも「無責任への非難」―なぜ子供の面倒を見ることなく蒸発してしまうのか、行方不明の高齢親を探さないのは無責任ではないか―が存在していたという事実が重要である。筆者はここから、親密な関係性にはリスクへの対処や愛、社会的・経済的条件による逃れ難さの他に「親密なる者への責任」があるではないかと提起する。すなわち離脱の困難は、親密な関係性において「責任が生じている」ことに起因する可能性がある。

 それについて確認するのが次章以降の失踪当事者へのヒアリングデータ分析である。

 

 まず失踪者の家族に対するヒアリングデータが丁寧に分析される。失踪者の家族という共通性を持つとはいえ、本書で取り上げられる10の事例は様々な相違点を持つ。失踪者の失踪理由について目星がつく場合もあれば、まったく分からない場合もある。失踪者に帰ってきてほしいと強く望むケースもあれば(子供が失踪した場合)、それほど強くは望まないケースもある(夫が借金を抱えており、失踪した場合)。捜索活動を熱心にした/しているケースと、さほど熱心には行っていないケースもあった。また家族の失踪によって、大きな精神的負担を抱えることもあれば、社会的・経済的負担を抱えることもある。

 さて、そうした事例ごとの様々な相違点がありつつ、ここでの重要な知見は次の事実から導かれる。すなわち帰ってきてほしいと強く望む当事者が、手紙を書いたり、誰もいない席に夕食を作って置いたり、無言の電話に失踪者の存在を感じていたりすること、あるいは経済的負担、社会的負担、リスクといった分析枠組みに回収されない「応答不能」=所在も安否も知らせずに失踪したことに対する不満が存在していたことである。そこには共通して、コミュニケーションができるはずの親密な他者と、意思疎通ができないということへの不満、苦しみが滲む。親密な他者が失踪してはならないのは、このことから、親密なる者への「応答」責任を放棄してはならないから(にもかかわらず、責任を放棄し続けているから)であると考えられるのである。失踪された家族へのヒアリングデータからは以上のことが確認できる。

 

 次は失踪者家族を支援するNPO団体の支援者のヒアリング分析がなされているが、ここでは深く立ち入って紹介はしないことにする。というのも、この章は「曖昧な喪失」*5を経験した者を支援する情報提供者の立場・役割についての考察がメインとなっており、これは本書の問いからは若干外れたものだからである。結論だけ述べるならば、支援者は情報提供のみならず、精神的な支えとなるケアの役割を担い、失踪された家族と共に物語を構築する作業に携わっていたことが明らかにされた。失踪という不条理に対して、絶望することや諦めることがないように、専門家として情報提供を行うだけではなく―それは時に残酷な事実、例えば亡くなっている可能性が高いことなどを伝え得ることにもなるのだが、そこには慎重になりつつも、希望を持ち続けられるようなケアの実践がなされていたのである。

 

 事例研究の最後は、失踪経験者のライフヒストリー分析である。ここで主に扱われる三名の失踪者は、それぞれ異なる経歴、異なる失踪状況を経て、家族に発見される・家族のもとに帰っている。共通しているのは、家族との不和が失踪以前からあり、それが引き金となって失踪が実行されているということだ。先に取り上げられる二つの事例はそのようにして突発的に失踪を行う。加えて失踪が長期化するという見通しを持たずに失踪しており、帰るに帰れなくなる、という共通点を持っていた。

 彼らは失踪中、家族とは一切の連絡を断ち切っており、筆者はそれを「応答の拒否」と呼ぶ。ちょうど先に分析された「応答の責任」に対応する分析概念である。すなわち失踪された側も失踪した側も、親密な関係性からの離脱と帰還に際して「応答」をめぐる困難を経験しているということであり、このことが離脱の困難を生み出している可能性がある。

 三つ目の事例は自殺未遂を行ったこと、失踪期間が短いことなど、特異なケースとして位置付けられているが、この事例もまた家族との不和をはらみ、コミュニケーションの断絶と回復を経験している(家族からの失踪は、やはり家族との関係が耐えがたいことに起因するのだろうか。つまり「応答の困難」が失踪以前から家族関係に胚胎していたと理解すべきなのだろう)。つまりコミュニケーションが取れることが関係の回復につながり、その困難が離脱の契機として機能することを、この境界的な事例は示しているのである(後の章で分析されるが、コミュニケーションが取れるから帰れたというよりも、家族から「応答責任」を強く求められることがなくなり、適度な距離間でコミュニケーションが再開されたことが、失踪を終わらせるうえで重要であったようである)
 離脱に際して家族との不和を引き起こし、帰りたくなっても「怒られる」ことを想像して帰りづらくなる。失踪が長期化するのは、応答の断絶が「マズいこと」だと失踪者にも認知されているからである。ここに親密なる者への「応答責任」の存在が端的に現れているといえるだろうか。

 我々は親密な関係にある者から絶えずコミュニケーションを求められている。その求めに応じて、通常は様々な情報や配慮、資源等のやりとりを行っている。言い換えるとそうしたやりとりをする関係を「親密である」というのだろうし、家族には当然そうしたことが求められる。失踪は、この「応答責任」を失踪という行為によって反故にしてしまうのである。さらに応答可能なのか、応答する気があるのかどうかさえも不明な状態で宙づりにする/されてしまう。だからこそ「応答」を求めることが端的に示されたといえよう。我々は親密な他者にリスクヘッジや愛を求めるのみならず、親密であるならば「応答せよ」という命を下し、下されているのだと。

 

 さて、書評としてはすでにかなり長い。以降は駆け足でまとめよう。

 本書では以上のように問いの設定から事例分析までが丁寧になされた後、分析から引き出された知見―親密なる者に対する「応答責任」―の理論的検討、理論的貢献について書かれている。中森氏がこの興味深い事例からどのようなインプリケーションを引き出したのか、その詳細について関心を持たれた方は手に取って読み進めて頂きたいが、ごく簡単に以降の章をまとめておくと、次のように言えると思う。

 人が親密な関係性を断ち切り離脱することには、ある種の困難がつきまとう。本書が明らかにしてきたように、人が離脱を躊躇うのは、そこにリスクや愛、社会的・経済的条件に還元しつくされない「親密なる者への責任」があるからなのだ。

 親密な関係性を築いた時から、そこには「他者への配慮」という倫理的責任が生じている。とりわけ弱い存在に対する責任があるのだ(本書では「傷つきやすさを回避するモデル」として提示されている。2010年代の高齢者所在不明問題において、失踪者よりも失踪者を探さない家族が責められていたのは、失踪した高齢者が「傷つきやすい=弱い」存在であると一般的に想定されているからである。子供を見捨てる親が非難されるのも、同様の文脈においてであろう)。

 失踪当事者の事例は、こうした責任が存在することを示すものであった。

 

 一方、現代社会理論に対する修正可能性も本書は提示している。書評冒頭で参照しておいた後期近代論や再帰的近代化論というのは、伝統的な紐帯からの解放、中間集団の流動化などを指摘し、人々の関係が選択的かつ自由なものになっていくことを指摘する理論であった。あるいは関係性の維持というのは、コミットメントし続ける不断の努力の成果であるとされていた。

 しかし本書の知見はこうしたある種の極端な理論が見落としてきた、関係性をめぐる倫理的問題の存在を明らかにしている。私たちは深く関係することで「応答する責任」を背負い、応答しないことは倫理的に良くないことであると考えるようだ。そこに親密な関係性があるという事実が、応答の倫理を生じさせるのである。私たちは、私たちが普段感じている以上に、不自由な拘束の中で生きているし、そうした不自由な拘束の中で「配慮し、配慮される」形で集合的に行為する「自由」を手にしてもいる。

 以上のように本書は世界的に知られた社会学理論に対する貢献を、特異な事例を追いかけ、先行研究を手際よく整理し、丁寧に考察を展開することを通じて成していると言える。無論、この研究が世界的な理論に対する、日本の事例による修正可能性を検討したものである以上、その貢献範囲については慎重に判断すべきだが、理論との粘り強い格闘を通じて生み出された本書の知見には、単なる事例分析を超える価値があることは言うまでもない。

 

2.コメント

 

 いささか長い要旨になってしまった。一般的な学会誌の要旨であれば目安として、内容の要旨が1000字~1500字程度、評論が1000字程度であろう。本稿ではすでに要旨のみで6000字ほどになっているので、書きすぎである。しかしそのようになってしまったのは、私の要約力不足であるともいえるが、もう一つ理由があるとすれば、本書が「議論をじっくり行う」タイプだったからでもあると思う。

 これはほぼ同世代の若手として学ぶべき点であるのだが、本書は問題背景―先行研究―事例―考察という、一般的な学術論文の体裁を持ちつつ、それぞれの各項目の内部において、常に先行する理論や実証を参照しながら、議論を丁寧に尽くしている。例えば失踪される経験の事例分析は、それ自体がすでにインパクトのある事例なのだが(したがって素朴に事例を紹介し、解説していくだけでも面白くなりそうだが)、中森氏はその事例を分析しうる先行研究として「社会的死」と「曖昧な喪失」という理論を検討することを通じて、失踪事例の分析の必要性をきちんと正当化する。あるいは失踪を直接的に扱った研究は相当数が少ないと予想されるが、同様の事態に別の視点から追求を行った無縁やホームレスの研究等も参照し、検討不足があるかどうかを検討している。そうした理論や先行する実証との格闘は本書の随所に見出され、その都度、議論の不十分さが検証されてから話は次に進むという構成になっているため、同分野の専門家にとっても、不案内な読者にとっても納得しやすい。しかしそれを丁寧に追いかけようとすると、理路が入りくんでくるために要旨は長くなる。そういった検証が些末であれば飛ばしてまとめても良いのだが、重要な部分もあり、本稿の要旨は長くなった。

 つまりそれだけ議論の密度が濃いということであり、この積み上げからは今後自身も研究を書いていきたいと考えている学生は学ぶべきところが多いだろう。私もこの手際からは多くを学ばせていただいた。なるほど自身の議論を力強く展開するためにこそ、先達の議論を積極的に活用していくのであって、よく似た話だからとか、関連しているから「それを並べておく」のではないのだ、と。検証に検証を重ね、自身の研究の必要性をその都度、説得的に示し続けることで、自身の研究の貢献範囲を明らかにしているという点も、実に研究者としては実直な姿勢であると思う。

 

 さて、生産者目線の評価はこのくらいにしておいて、本書の内容についてコメントを考えておきたい。まず本書のインプリケーションはすでに要旨の最後で述べたように、親密な関係性がリスクや愛、社会的・経済的条件によって維持されるばかりではなく、応答責任、倫理的責任ともいうべき「親密なる者への責任」によっても維持されている=離脱しがたいということを示した点にある。この責任は家族においてのみ存在しているわけではなく、親密な他者との間柄一般に生じると中森氏は考える。例えば恋人から連絡が来ていて、それに一切応答しないというのは、たとえそれが可能であるとしても気の進まないことである。突然姿をくらまして自然消滅、というのも同様だ。仮に愛が冷めていたとしても、関係性を断ち切るためには「応答」が必要となるだろう。

 ただしその責任が強く求められるのは、本書で考察されているとおり、「傷つきやすさ」を抱えた親密な他者に応答しない場合であり、立場が対等なときには、その責任は相対的に軽くなるかもしれない。家族という事例で責任が重くなるのは、家族が「傷つきやすい」メンバーを抱えていることが多いからである。普遍的な責任といっても、その強弱は様々であろう。

 

 ところで以上のような本書の知見は、いったい「何のため」のものなのだろうか。親密な者の呼びかけに応えなければならない、という永続的な責任が存在していることは、ある意味でとても当たり前のことのようにも思う。すでに倫理学の中で明らかにされていた応答責任の話を、関係の流動化・選択化の進む現代の親密な関係性に、事例を媒介させながら当てはめ、理論的修正を行ったというだけでは、アクチュアリティを欠くと言われても仕方がないはずである。

 ここで想起すべきなのは、中森氏が失踪された家族の支援団体にアルバイトとして携わりながら、失踪について微妙な立ち位置を持っていたことであろう。支援団体に所属する経験から、失踪者が発見されてほしいと願う側面もある。一方で、中森氏が何度か本文で触れているように、失踪を単純に責める気にもなれないのである。なぜか。

 それは関係が持つ重み、どんなことに対してでさえ応答せよと迫られることの苦痛から逃れる行為として失踪が―事例を通して理解されたからである。本書第6章では失踪の引き金として、家族内の不和があったことが示されている。場合によれば、それでもなお親密なる者の責任として、コミュニケーションを継続し続けなくてはならない。様々な家族があろうが、成員が耐えられないほどの「関係することの負担」が強いられてしまうこともあるはずである。親密な関係であるという理由で、ある種の無限責任のようなものが課されてしまうとして、そこから逃げ出したいと思うことは、理解可能なものである。傷つきやすさを抱えた親密なる者への配慮にも限界がある。DVを受けながら子供へ配慮し続けることは難しいだろう。家庭にお金を入れ続けるだけの生活をしていた夫が失職を契機に失踪してしまったとしたら、それも理解可能である。関係の重さに耐えられないのだ。

 私たちの様々な関係性が自由かつ選択的なものになったとはいえ、私たちは時に過剰な関係性の重みに囚われている。人間が親密な関係にある者同士で配慮しあい、助け合って生きていく以上、この責任から解放されることはないと倫理学は教える。しかし本書の知見は、それが過剰負担になるときに、親密な関係性の外部から助け舟を出せることを重要性を伝えているように思う。

 これは単純に「社会保障」の発想に基づいて考えれば、当然のことである。日本は家族主義的な福祉国家であるとされており、基本的に家族成員の問題は家族内で解決することが求められる。子供の学費は親の負担になり、高齢親の介護も未だの家族内で解決せよとの風潮が強い。失業した際にまず頼るべきとされるのは家族・親族であって、生活保護ではない、など。要するに家族に大きな負担がのしかかっているわけだ。家計経済が不安定化し、関係性が流動的・選択的になっても、それと不釣り合いに重たい関係がある。そうした重みに対する外部からの助け舟が社会保障である。社会保障は「傷つきやすさを回避する」手段を家族外に作り出すものである。だから社会保障の充実は流動化社会に適合的である一方、流動化を加速させる側面もあるはずである。

 これ以上、福祉の話には立ち入らないが、本書の議論はそうした「関係の重さ」について考える契機を提供してくれるものであると言えるだろう(社会福祉の充実した国家では、本書で考察されたような親密な関係性はどのようになっているのだろうか?傷つきやすさを回避する責任が、親密な関係性にある者が求められないという状況は考えられないが、それに近い北欧の事例ではどうか。あるいはアメリカのような自由主義福祉国家ではどうか)

 

 本書は失踪という事例の検討を通して現代社会における人間関係の在り方にダイレクトに迫っている。一般的な価値規範の喪失が身近な関係性における承認を求めさせること、リスクの個人化状況こそが、親密な紐帯の重要性を相対的に増大させる可能性があることなど、議論は尽きない。親密なる者への責任と、リスク、愛、社会的・経済的条件はどのように相互に関係しあうだろうか。応答責任の一部解除が可能であるとすれば、それはどのような対策によってであろうか。

 特異と見なされる事例から全体社会の原理にまで考察を広げる本書は、まこと正統に「社会学」的研究である。力作だ。

 

 かなり長くなってしまったが、本ブログに移行後、初の書評は以上である。

 それではまた。

 

*1:中森弘樹(2017)『失踪の社会学―親密性と責任をめぐる試論』慶應義塾大学出版会.

*2:A.Giddens, 1991, Modernity and Self-Identity: Self and Society in the Late Modern Age, UK: Polity Press.(=2005, 秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳『モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会』ハーベスト社.)

*3:U,Beck, A.Giddens, S.Lash, 1994, Reflexive Modernization: Politics, Tradition and Aesthetics in the Modern Social Order, UK: Polity Press.(=1997, 松尾精文・小幡正敏・叶堂隆三訳『再帰的近代化―近現代における政治、伝統、美的原理』而立書房.)

*4:A.Giddens, 1992, The Transformation of Intimacy: Sexuality, Love, Eroticism in Modern Societies, UK: Polity Press.(=1995, 松尾精文・松川昭子訳『親密性の変容―近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』而立書房.)

*5:P.ボスのよる理論。在/不在がはっきりしない喪失経験をいかにして理解し支援するのかを説明する。「曖昧な喪失」を経験した者はその喪失が一時的なものか最終的な者か判断ができず、関係性の再編の見通しを立てることができず、希望を抱きつつも当惑してしまうとされる。

学会報告(3685字)

 学会報告の話に入る前に、まず学会とは何かを簡単にご説明しておきます。

 同じ分野の研究者たちが集まって、年に一回か何回か、自分の研究のお話をします。それが学会報告です。研究者は本を書いたり、論文を雑誌に寄稿したりと、文筆活動をする以外に、研究者同士で参集して発表と議論をしているわけです(そのほか、授業したり、学内会議に出たり、役員会議したり、調査したり、先生方は忙しそうですね)。大抵は継続的に行っている文献レビューや、調査研究などについての進捗報告・結果報告です。

 大きな学会であれば複数日にわたってどこかの大学で開催されます。休日がほとんどです。部屋をたくさん貸し切って、同時にたくさんの報告者がお話することになります。部屋ごとに大まかにテーマが決まっていまして、関心のある方、同じ分野の研究者が集まって、報告を聞き、質問をし、一通り終わった後に全体討論がなされることもあります。

 

 要するに学会というのは、研究者同士の情報交換、交流の場です。普段は別々の大学で院生生活をしていたり、教鞭を執りつつ研究されていたりするので、学会はそうした研究者同士を結びつけるパーティーのようなもの。報告はさしずめ食事です(パーティー、食事ということの含意は、「飯が不味くても成り立つ」というところにあります。もちろん不味ければクレームは出ますが、基本的には品評しつつも、交流を楽しむ、仕事や共同研究のお話をするといったことがメインになります。同分野っぽいから研究会に誘うとか、共同執筆の話が出たり、批評を繰り出したりなど、コミュニティ活動しているわけです)

 

 私は社会学の人間なので、所属する学会も社会学者たちが運営している学会です。最も規模の大きな日本社会学会大会が先日15日・16日にありました。このほか、エリア別の学会があります。関西社会学会、東海社会学会、西日本社会学会、北海道社会学会などです。そのエリアの大学に所属する研究者や大学院生などが参加します。さらに分野別の学会もあり、都市社会学会、地域社会学会、環境社会学会、政治社会学会などがそうした分野別学会にあたります。より小さな集団になりますので、エリア別であれば大学間交流の意味合いもあり、分野別であればもっと緊密に類似する研究分野の研究者同士が交流することもできますし、テーマセッション、シンポジウムなども分野別のホット・イシューを取り上げて盛んに議論します。

 こうした学会に所属するためには、原則として正会員の紹介が必要になります。大抵は名前だけだと思うのですが、署名をしてもらい、様式に必要事項を記入して事務局に送信、ないし郵送して、承認を待ちます。承認されたら年会費を支払うことで、学会員になることができます。年会費は学会によってまちまちですが、日本社会学会であれば大学院生は年8000円です。それで学会誌なども家に届きます。

 

 ところで「研究会」との違いですが、研究会はもっと研究分野が近い研究者や大学院生が、ホームページや会誌などを持たずに、インフォーマルな形で共同で勉強会や報告会、研究活動を行っているものです。場合によっては科研費を申請して共同研究を行い、報告書を作成したり、本を出したりしているところもあります。大学院生にとっては自分の研究を近しい分野の専門家に見てもらったり、共同研究の機会をいただいたりする可能性のある場所で、積極的に参加したいものです。

 

 さて、前置きが長くなりましたが、学会レポートを簡単に書きます。今回は日本社会学会に報告者として登壇しました。具体的な研究の中身については、稿を改めて書きますので、ここでは学会の雰囲気とか、研究の質などについてリポします。

 まず学会というのは先ほども書きましたが、研究者同士の交流の場であると思います。報告というのは「近況報告」「経過報告」としての側面が強いので、ひとまとまりの研究成果、重要な発見が提示されることは稀であるようです。私が報告した部会も、聴きに出かけた部会も、基本的には自身の研究の事例についての報告が多く、理論的な新しさが提起されるもの、ものすごく鋭い研究視角が提示されるものはあまりありません。他者の研究事例を聞いて、「なるほど、そんなことに関心を持っているのか」とか「そんな事例があって、こんな方法で研究しているんだ」といったことを知って、考えて、質問したりする。それで後程話しかけて名刺を交換して、研究の議論を深める、というのが学会だと思います。

 

 ところで今回は地域研究の部会で報告を聴いていました。いろんな研究をされている方がいますから、研究テーマが被るということは少ないはずですが、地域部会に関しては、非常に顕著な傾向がみられました。というのも3分の1くらいの報告が「地域おこし協力隊」についての事例報告だったのです。

 地域おこし協力隊というのは総務省の事業で、都市から地方へ住民票を移すことを条件に、その移住先で2年、ないし3年、お金をもらいながら地域のためになる活動に従事することができるという制度です。年額で給料は200万程度、それに活動費が同じくらいつきます。参加者の多くは20代~30代の若者です。近年は非常に多くの自治体がこの制度を利用して、外部人材を地域内に呼び込んで、地域PRや商品開発、学校魅力化、IT系技術の導入などを行い、活性化を目指しています。また協力隊員は任期が切れた後も勤務地でそのまま継続して住むことも少なくありません。6割定着、と言われています。そもそも都市から地方へ若者を呼び込むことも、この事業の政策含意です。

 

 地域おこし協力隊が地域研究の中で一つのホット・イシューになっているということでしょう。そういうことが部会の傾向から伺えます。学会報告は品評会のように、ある分野のトレンドとなる研究を知ることのできる場でもあるわけです。研究にも流行り廃りがありますから(それが必ずしも良い研究の蓄積を生むかというと疑問ですが、そうやって年々様々な研究が産出されていくことで、研究者のパースペクティブは豊かになっていくはずです)

 そうそう、なぜ外部人材の研究がトレンドになっているのかは、推測がつきます。もともと人口減少と高齢化が進んでいた地方に、地域おこし協力隊の制度が出来てから、一貫してこれを利用する自治体が増えていきました。その経過をウォッチする研究、例えば地域おこし協力隊員にアンケートをしたり、インタビューをしたり、自治体に対してアンケートをしたりする研究が徐々に増えてきました。新しい制度が始まり、それによって多くの自治体が活性化を狙い、また多くの若者がこれを期に地方へ入り、自己実現を目指したりしているわけですから、それによって何が変わるのか、どのような自治体がどんな形で利用しているのか、どんな人が参加しているのか、というのは新しいトレンドとして社会学の研究対象になるのです。外から境界をまたぎ越して、地域にはない資源や能力を持つ人が流入していく。それによって地域はどのような変容をしていくことになるのか、というのは、ある意味非常にオーソドックスな問いだとも言えます。

 しかしオーソドックスな地域研究であるとするならば、新しい事例を追いかけるだけではなく、これまでの地域社会・地域運営を、どのように変えていくのか、これまでの地域研究の何を引き継ぎ、何を新たにしていくのか、ということがもっと語られてもよいのでは?とも思うわけです。自戒を込めて言いますが、事例をただ紹介するだけで、自分の議論が従来のどういった議論に関連し、何を新しい知見として提示するのかが描かれない研究は、その地域、その分野の限定された範囲の中で意味を持つこと以上のことにはならないと思うのです。

 

 さて、話が横道に逸れましたが、学会というのは、以上で話してきたように、研究の動向を知り、それについて議論したり、交流したりする場となっています。私もかなり粗忽ではありましたが、報告を行うことで、自分と同じ分野の研究者から矢のような質問を受けることになり、部会終了後に自身が引用していた論文の作者から名刺をいただき、共同研究の話を持ちかけて頂くこともありました。そうやって研究の可能性を広げあっていく場であるというのが、初学者である私の学会理解です。

 

 そんな感じで学会を終えたら、夜は所属する研究会のメンバーや旧知の研究者と共に、皆さんまちへくり出していきます。懇親会でお酒を飲みながら、もっと自由に、いろんなお話をする。こういった学会外の交流活動も醍醐味に含まれますし、これを楽しみに参加している方もいるんじゃないかなと思います。お酒を飲んで歓談しながら、研究を分かち合い、悩みや困難を共有し、励ましあっているのです。会社みたいですね。

 

 学会ネタについては初投稿でしたから、一般的な話が多くなりましたが、また参加する機会もあるので、その際には実際の中身について話を書いていくことにします。

 それではまた。

社会を調べるとは?―はじめに3(6310字)

 前回までに社会学という学問について書きました。存在している/した社会についてのメカニズムを明らかにするとともに、そこに生きている人々が「なぜそうしているのか?」ということを知ることを目的にしていると書きました。

 

 今回はその少し漠然としている社会学という学問が、どのようにして社会についての知識にたどり着こうとしているのか、そのための武器について説明していこうと思います。

 

1.2つの方法

 

 まず、社会学という学問には二つの大きな分かれ道があります。一つは「理論」、もう一つは「実証」という分かれ道です。

 理論と実証というと難しく聞こえます。しかしこう言うと簡単です。理論とは何かを徹底的に頭の中で考えてみることです。これはこうなっている。これはきっとこうだからこうなっているに違いない、と突き詰めて想像するのが理論です(めちゃんこ簡単に言っています)。その想像は当たっていることもあれば、ズレている、行き過ぎて間違っていることもあります。

 一方で実証とは、ある社会の中で起きている出来事を実際に話を聞いたり、アンケートをとったりして「本当にそうだろうか」を調べたりする方法です。こちらの方が身近と感じられるかもしれません。実際に色んな人に意見聞いてみたら、一般的に言われていること、あるいは理論で指摘されていることと違ったということがあるわけです。

 

 少し詳しく説明してみましょう。まず理論です。

 これについては経済社会学の「弱い紐帯の理論」が具体例として理解しやすいと思います。「弱い紐帯の理論」とは、M.グラノヴェッターという経済社会学の権威が80年代に提出した理論で、ごく簡単に言うと、人は強い紐帯よりも弱い紐帯から有益な情報を、具体的には良い転職先を見つけることができるだろう、というものです。強い紐帯とは、接触頻度が多く、緊密なコミュニケーションが成り立っているつながりのことで、具体的には親友とか、家族・親族のことです。一方で弱い紐帯とは、親友ほど交友関係の密ではない友人・知人のことです。グラノヴェッターは転職に有利な情報や機会をもたらすのは、類似する性質を持つ強い紐帯で結ばれた人々ではなく、むしろ異なる社会的地位や専門をもつ、すなわち所属集団の異なる弱い紐帯で結ばれた人々であると考えました。

 関係の緊密でない人々からは、普段私たちが手にすることのない情報や機会が流れ込んでくるでしょう。あるいは家族・親族に影響されることのない自由な職場は個人にとって「良い就職先」となる可能性が高いともいえるかもしれません。

 このように考えて、ある種のパターンを抽出するのが理論です。そしてこれが理論である以上、それが「本当にそうか?」は検証できなくては意味がありません。次は実証の説明です。

 

 実際にこの「弱い紐帯の理論」は仮説として扱われ、実証研究にかけられました。転職に際して、弱い紐帯と強い紐帯、どちらが有意に作用しているのかを、いろいろな確認項目を用意して調査し、検討してみるのです。その際にアンケート用紙を配って答えてもらったり、インタビューをしたりして詳細に事実や価値観を確認したりします。そして非常にざっくりですが、アメリカでは実際に、弱い紐帯が個人にとって有益な転職情報をもたらすことが確認されました。しかし一方で日本では、アメリカとは異なる結果が出たと言います。簡潔に言うと、日本では強い紐帯を通して転職情報が多くもたらされたという結果が出てきたのです。詳しくは経済社会学の簡潔で非常に分かりやすいテキスト:『経済社会学のすすめ』第七章をご覧ください*1

 このように理論として提示されたことは、実際に調べてみることで検証されることになります。そして上記のことから、理論は「一部では当てはまるけれど、他のところでは当てはまらない」ということが分かってくることもあるわけです。そうしたら次には「それはなぜなのか」を考え、仮説を立て、また実証をしていくことで、より詳細な社会についての知識を蓄積していくことができるわけです。理論と実証はこうした相互関係にあるものなのです。「恐らくこうなっている」という理論というか、仮説がないと、何を調べるべきなのかわかりませんし、それが正しいのか確認したり、間違っていると考えてもっと鋭利な調査をしたりしないと、理論の正しさや間違いは分かりません。したがって理論と実証は社会学の両輪なのです。

 

2.量的調査と質的調査

 

 先ほど「アンケートをとったりインタビューしたり」というように書きました。アンケートは量的調査、インタビューは質的調査と呼ばれます。例えばアンケートの質問項目は次のように構成されています。

 

① あなたは今の生活にどの程度満足していますか。次の中から一つだけ〇をつけて下さい。

1.とても満足している 2.ある程度満足している 3.あまり満足していない 4.少しも満足していない

 

 これは回答項目が4つなので「四件法」と呼ばれる形式です。このように構成された質問が30とか40とか並んでいるのがアンケートです。アンケートには次のような特徴があります。

 第一に、質問は想定する回答者の誰にでも同じように答えられるように作られています。第二に、自由回答を除いて原則的に「数量化」可能なように作られています。先ほどの質問で言えば「1,2,3,4」で数量化できますし、年齢ならば「20代=1、30代=2、40代=3…」といったように数字を振ってあげれば、まとまりを数量化できます。第三に、一人一人にインタビューするわけではなく、同じ質問が記載された質問紙を用いて調査を行うため、量が集めやすいのです(対象者の家を個別に訪問する形式ではたくさんの人員を用いなければ難しいですが)。

 以上のように、同じ質問を、多くの人にすることができる。またその情報は数量化可能である=統計的に処理することができるため、多く人が、どのような考えを持っているのか、どういった性質をもっているのか、ということが統計的に、つまりパーセンテージで分かる、傾向や偏りが分かるのです。ざっくり量的調査の説明をすると以上にようになります(もちろん、こうして取ってきた情報をどのような処理にかけるのか、ということで分かることが変わってくるのですが、それは応用編なので、そのためのテキストを当たるのが良いでしょう)。

 ある一群の人々がどのような考えを持つ人々で構成されているのか、どのような生活をしている人が、どのくらいいるのか、そういったことを理解した上で、さらにその人々の間に現れる違いがどのような考えや社会的地位、経歴などによって生み出されているのかについての推論を可能にする。それが量的調査です。

 

 一方で質的調査とは、量ではなく、その「質」を調べる調査です。簡単に言うと、量として扱えない、個別的な情報を丁寧に聞き取っていく調査になります。例えば次のように。以下ではAが質問者、Bが回答者です。

 

A「社会学という学問を始めたきっかけはなんですか?」

B「きっかけ、きっかけですか…。そうですね、遡って考えてみると、義務教育時代の友人たちの中で、勉強ができる人もいればできない人もいて、高校卒業後に進学する人もいれば進学しないで就職する人もいて、そういう違いがどこから出てくるのか、もしかしたら本人の考え方とかだけではなくて、彼らの周囲の環境とかが影響しているのかもしれないと考えたことがきっかけですかね」

A「周囲の環境が影響しているかも、と思い立ったのは、何か具体的な経験があったのですが?」

B「みんなそれぞれ違う家庭で生まれ育つじゃないですか。お金に余裕ある家もあれば、それほど余裕のない家もある。親が大学卒業をしている家もあれば、高卒の家もある。必ずしもそういうことが直結するとは思わないけど、きっといくつかの要因が関係して個人の意識が形成されたり、価値観が定まってきたりすると思うんですよ。実際に親が子供の学業に興味なさそうだったり、働けって言う場合もあるし、そういう環境を考えて、人生に差異が生まれてくるのかもしれないって、漠然と思っていたんですよ」

 

 アンケート調査ではあらかじめ質問項目を用意して、それを多くの人が答えられるようにしておきます。この場合、例えば最初のAさんの質問と回答はどうやって作ったらよいでしょうか。Q1.「社会学を専攻した理由として当てはまるもの1つ選んでください」=1.たまたま受かったのが社会学部だったから 2.自分の好きな先生が社会学をやっていたから 3.社会学以外の専攻に魅力を感じなかったから 4.社会学の対象とする研究がしたかったから 5.社会学の方法に惹かれたから…。

 きりがないですね。回答項目も「もれなく」「答えやすいように」作られているのか不安です。「その他」という項目を用意したら、そこに〇が集まるような気がしてなりません。例えば「友達がそこを専攻したから」とか「一番楽に卒業できそうだったから」とか「社会学者を目指していたから」とか…いろいろ考えられます。

 そうなるのは、この質問自体が量に還元して意味のあるものであるというよりも、丁寧に聞いて、その思考のメカニズムや、価値観の形成過程を追いかけることのほうに意味があるものだからです。そして世の中にはこのようにして、丁寧に個別に、聞き取っていかなくては捉えることの難しい人間の価値観や行為、というものがたくさんあるのです。「なぜ中学校から学校に行くのをやめたのか」、「フリーターという生き方を選択したのはなぜか」、「なぜ地元の祭りに参加しようとするのか」、「投票先をどのようにして決定しているのか」(こういったことのすべてがアンケートでは分からないわけではないのですが、一旦は丁寧に聞いて、いくつかの回答パターンを理解しているからこそ、次にはそれをアンケートで確認したり、偏りを把握できたりするわけです)

 

 質的調査は以上のように、丹念に質問していくことを通して、少数の事例から、ある思考や行為が成立していく過程を明らかにすることに向いています。一方でこれは少数の事例しか集めていないので、「他の場所、他の多くの人も、そうなのか」ということが言いにくい、という特徴―すなわち科学的に実証されているのかどうか、という点において弱点があります。友人数名に聞いたことが誰にでも当てはまるかどうかなど分からないし、多分そこまで普遍的な回答は出てくるとしたら、それは質問自体が「誰が答えても同じように答える」ことを聞いているのです。それではそもそも意味がない。

 先ほど、理論と実証は両輪だと言いましたが、実は量と質の調査も両輪です。アンケートで出てきた結果を深く掘り下げる場合にインタビューをすることもありますし、インタビューで理解できたいくつかの回答パターンを質問に盛り込んで、その回答がどのような社会的地位や価値観や経歴と関係しているのかを統計的に確認することもあります。「男性の方が実家からの自立を希望する傾向がある」とか、「高学歴の女性は自分と同等かそれ以上の学歴・収入を持つ男性との結婚を希望する傾向がある」とか、アンケートでないと数量的に確からしいとは言えません。お互いに弱点を埋めあっているのですね。量的調査は統計的正確さの担保や相関関係について確認し、質的調査はざっくりとした質問項目にはできない細かい事実やプロセスの確認、あるいはまだ知られていないような事実についての新情報を得るために行います。社会学は現場から知られざること、認識されていなかったことを学ぶ学問だと思います。

 

 そうそう、質的調査といってもいろいろあります。インタビューは基本的な方法ですが、それだけではなく、ドキュメント分析(文字資料を分析します)や映像資料、音声資料の分析もします。またライフヒストリー法、生活史法、参与観察といった数々の方法が質的調査にはあります。こういった調査法の感覚や面白さ、難しさを伝える良いテキストとして『質的社会調査の方法』*2はおすすめです。オーソドックスな調査の仕方をパターン化して教えるということは非常に難しいし、現場ではアドリブで動いたり発言したりすることが多いので(パターン化というかマニュアル化というか、はできず)、重要なのは「構え」を知ることかもしれません。あるいはテキストの役割は読者と一緒に「現場に降り立った」感覚を共有することなのかもしれません。上にさんざん概説的なことを書いていますが、調査について知ってほしかったら、一番いいのは「それをやっている一般向けの本を読んでみること」、つまり実践事例を見ることだと思います。武器の使い方は体で覚えるしかないと言えば、身もふたもないですが、特に質的調査はそうであるようです。

 

3.おわりに

 

 社会学という学問がどのようにして、対象となる社会、社会集団について明らかにしようとするのかについて、かなり駆け足でまとめてきました。私は社会学の中でも実証研究、とりわけ質的調査の専門ですので、そちらの説明が多くなりましたが、ここまでの記事は詳細な自己紹介や考え方の紹介を兼ねたものですから、ご容赦ください。社会学社会学方法論については先輩方の優れた書籍がたくさんあるので、そこに私が新しい知見を付け加えるということはブログではやりません(できないと言ってはならないのです。やってみようともしていないのに)。ご関心のある方はここで紹介した書籍は親切で読みやすいですから、手に取って頂ければよいかと思います。

 

 それでも最後にこれは言っておきたいと思います。上述の説明はかなり「個人より」の調査とか、理論とかの説明です。個人の行動とか価値観とかを事例にしていますから。しかし実際に社会学者が人々の行動とそのプロセスを追いかけたりするときには、「制度」を考慮することも大いにあります。

 制度というのは結構難しい言葉です。「社会保障制度」のようなものも制度、法律も条令も制度、徴兵制も制度です。多くの人々がその決まりに従ったり、利用したりする共同のルールや社会的な仕組みは制度で、人はそれを作ったのが自分であれ他人であれ、それを共有することを通じて社会を作っています。一方でこうした成文化されていない制度もあります。俗にいう「習慣」も制度なのです。厳密に言うと「人がAという状況では、Xという行為をするだろう」と期待される場合、その期待を構成しているのは制度に他なりません。それが成文化されていなくても、その認識、行為のパターンは「人々があるレベルで共通認識として持ち、時に(無自覚に)従っているもの」だからです。社会学者はこうした一連の、様々な制度という、構築されたルールやパターンを、人々の行動や価値観に影響するものとして捉え、研究しています。投票制度を考えずに投票研究が完結することはないですし、村の慣習を調べることなく個人へのインタビュー分析だけで完結する民俗学的研究もないわけです。このことは私の偏りを戒める意味でも、粗忽ですが書いておきたいと思いました。

 

 今回も長くなりましたが、以上になります。そろそろ概論ではなく、具体的な中身のある評論や時事エッセイでも書きたいところです。

 それでは。

 

*1:渡辺深(2002)『経済社会学のすすめ』八千代出版

*2:岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)『質的社会調査の方法―他者の合理性の理解社会学有斐閣

社会学とは何か―はじめに2(5633字) 

 冒頭の自己紹介にも書きましたが、私は社会学、とりわけその中でも社会調査をしている人間です。そのため自分が対象としているフィールドに出かけ、住民の方々の話をお聞きする機会が多いのですが、逆質問というか、「どういうことをしている人なの?」という疑問を向けられることが多いのです(これに対して研究者の方々は、それぞれの回答を用意していると思います)

 

 きっとこれはフィールドに出かけることの多い研究者は誰しも経験したことがあるはずですが、こと社会学においては多いかもしれません。というのも、社会学という学問は何をしているのかということが―それこそこういった書き出しが教科書においてよく見かけるものになるくらい―分かりにくいからです。

 経済学であれば「お金の動きとか、経済について研究しているんだな」と分かるし、政治学であれば「あの政治家たちとか、外交とかについて研究しているんだな」とイメージはつかみやすいはずです。法学は馴染みがない分だけ分かりづらいかもしれませんが、法律についての専門家だというくらいは分かるはずです。では社会学は?

 

1.社会学とは何か

 

 上にあげた学問が分かりやすいのは、ずばり「何を対象とする学問かが名称に入っているし、その範囲が比較的限定されているから」です。一方で社会学とは社会を研究する学問なのですが、その社会というのが分かりにくいわけです。

 ちょうど今、私が記事を書いているパソコンの横に社会学のテキストがありました。『社会学の力』という本です。*1。冒頭にこう書いてあります。

 

社会学という学問が,「社会についての学問」であることは言うまでもありません。しかし「社会についての学問だ」と言った瞬間に,「それでは社会とは何か」という問いが生まれます(友枝ほか2017:i)

 

 社会学とは社会を研究する学問なのですが、その「社会」というのがやっかいです。皆さんは社会とは何か、と問われて、それについて説明することができますか?

 私なりの説明は次のようなものです。社会とは「人と人とが関係しあって生きることによって生じる、ルールや習慣、上下関係や格差、利害関係を内包した集合行為の単位」のことです。 

 

 別の説明をしましょう。社会とは「空間的広がり」でしょうか?例えば○○県は社会でしょうか、日本は社会でしょうか、あるいは△△集落は社会でしょうか?おそらくそこに、人と人とのやりとりがあるならば社会でしょう。そして人と人とがやりとりを始めると、そこにはある種の「秩序」が生まれます。秩序とは繰り返し現れるパターンです。「うちの村では月の初めの日曜日に、集会を行う。そこで季節ごとの祭りや町内イベントの役員を代表が決め、役割を分担し、出し物などを話し合う」というのは、秩序です。そうしたほうが「やりやすい」と思われるから、あるいは今までそうしてきたから、そうします。社会学とはこうした、ある特定の空間的な範囲に出現する秩序の形、なりたちを明らかにします(もっと詳しくいうと、こうしたパターンが生まれた後、ずっと同じことが繰り返されるのでは社会が変わりません。それを何かしらの形で変える出来事、変える人が出てくる…つまり「逸脱」が生じるから社会は変化していくのです。社会学はそうした逸脱も研究してきました)

 

 一方で次のような場合はどうでしょう。最近はFacebookTwitter、その他様々なインターネットで人々のやりとりが生じています。これは「社会」でしょうか?

 実はこれも社会です。そこには人々がやりとりをする決まった、いくつかのパターンや目的、利害、上下関係、格差といったものが発生しうるからです。いや、これは正確な説明ではありません。人々が関係しあうことで、そこにある種のルールが生まれる時、それを研究するのが社会学であり、社会学がそこに「社会を見出す」のです。だからそこが目に見えるような場所であるとか、限定的な空間であるとか、そういったことは本質的に関係がありません。

 

 少しわかりにくい話になってしまいました。要はこうです。社会というのはそもそも「目に見えない」ものです。物理的に社会というものを捉えることはできません。

 目に見えないものであり、触れることができないものである以上、それは人々が「そこに社会=人々の営み、がある!」と見なさないことには、存在しえないものである、ということです(これも一つの立ち位置、理解の仕方にすぎませんが)。ですから社会学者とは、まず、そのような形で、人と人との営みのありかを探す職業であるのです。そこに人が関係しあって、ある種の決まり事が、差異が、問題が生じている。それを見つけた地点に社会はできます。というより、その発見がないと、そこが社会だと見なせないですね。社会学者は様々な人々のつながりとそのルールを発見する「観測者」である、と言うことができそうです。

 

 例を挙げましょう。皆さんは「コミケ」というものをご存知でしょうか?コミケとはコミック・マーケットの略称です。基本的には出版社や制作会社に属さないような個人やサークルが、自主制作した漫画やアニメーション、グッズなどを販売する一日~数日の市場のことです。そこには80年代の後半から「オタク」と呼ばれた各分野のマニアが集い、アマチュアが二次制作した作品を売ったり買ったりしていました(オタクの定義も時代と共に変わってきたと思います。最近ではマニアでなくとも○○オタクと言うことは珍しくないですよね)。ではどのくらいの人々が、どのような作品を、どのような形で商品にして、消費しているのでしょうか?一人がそういったことをしているのではなく、多くの人がそうしています。現在はコミケの動員数は複数日の場合、100万人を超えています。また当日会場に並び立つブースには人気のものもあれば、そうでないものもあります。何が基準なのでしょうか?流行りのアニメもあれば、元々が同人作品であったゲームや漫画のブースもたくさんあります。

 人々が何事かに引き寄せられるようにして、集合行動をしている。そこには何かしらのメカニズムが働いているはずだ。バラバラな個人がその数日間は特定の場所に集い、一緒になって「祭り」を楽しんでいる。「コミケ社会学」が成立するゆえんです。

 社会現象には理由があります。なぜそのようなことが生じるのか、どのような形で生じるのか、調べることができます。それができるのは、そこに「社会がある」と見なせるからです。繰り返しますが、社会学は人々の集合行動を見つけ、そこに社会を見つけ出し、社会であるがゆえに生じるパターンや問題を見つけ出す学問なのです。

 

2.社会学の目的とは?

 

 さて、社会学がそのような形で「集合行為としての社会」を見つけ出す学問であることを見てきました。現在、この社会学という学問領域には様々なものがあります。地域社会学、都市社会学、政治社会学、宗教社会学、教育社会学、医療社会学、労働社会学、文化社会学、経済社会学などです。

 人々が一緒になって何かをするとき、それはいつもバラバラでランダムに行われるわけではありません。宗教には経典がありますし、破ってはならない戒律がありますね。経済活動には習慣的な行動や法的な拘束があります。病院という空間は日常的な生活空間とは別のルールがあります。普段とは異なる服装をして、限られた行動範囲を動き、定められた規則や「直さなきゃ」「できるだけ長く生きなければ」といった物語に支配される空間である、とも言われます。

 

 ではこうした形で社会学が人々の集合的な行動を観察し、そのメカニズムを明らかにしようとする目的は何でしょうか?

 もちろん、それぞれの分野、それぞれの研究者に言い分があるはずですし、それで問題はありません。なぜそれを知ろうと思ったのかは、個人によって異なるはずだからです。私は次のように考えています。まず抽象的な話からです。

 

 「人々がある形で行為する、その法則性や決まりを知り、その原因を考えることで、それを維持したり変えたりする方法を考えることができるようになるから」

 

 例えば人々が投票に行かなくなった、とします(実際に若者を中心に投票率は下がっています)。社会学はこのメカニズムを探ります。どういう人がとりわけ行かなくなったのだろう、それによってどんな問題が起こるだろう、行く人はどういう理由で行くのだろう、どうやったらテコ入れをできるだろう、と考えていきます。あるいは別の仕組みを考えるかもしれませんね。投票はネットでとか、そもそも成人したら投票する権利を自動的に得られる、というのは止めよう、と考えることもできます。また次のようにも説明できます。

 

 「人は様々な理由、様々なきっかけで、ある種の行動を行う。社会学はそのような“他者”の行動が、いかなる理由で行われるのかを明らかにする学問であり、その理解は、人々が共に生きていくうえで重要な情報である」

 

 これは非常に分かりにくい話だと思います。なのでもっと小さな事例で説明してみたと思います。例えば次のような話です。

  

 A君はB君のことが気に入りません。二人は高校の同級生で、同じバスケットボール部に所属しています。あるときからB君は部活に来なくなりました。優秀な選手だったB君が抜けて、チームの力や士気が下がり、主将であるA君はそのことが不満でした。なぜ部活に来なくなったのか、B君に問いただしてもB君は答えません。そのことも不満で仕方がありませんでした。

 ある時、A君はB君が部活に来なくなった理由を知りました。B君はアルバイトをしていたのです。B君の父親はガンで亡くなっていました。年下の兄弟の学費や生活費をまかなうために、B君は部活に出るのではなくアルバイトをしていたのです。

 この時からA君はB君に不満を言うことをやめました。そして数年後、再会した時に、なぜそのことを相談してくれなかったのかをA君は問いただしました。B君は次のように答えました。

 「父親が亡くなったことを理由に部活を頑張れなくなったって、言いたくなかった。同情されたくなかったし、申し訳ない気持ちもあって、言い出せなかった」

 A君はB君の性格も考えて納得しました。「話してほしかったけれど、家族が亡くなったこと、貧しくなって自分が働かざるを得なくなったことなんて、いつもふざけあって過ごしてた友達に知ってほしくないかもしれないな…」

 

 これは小さな関係性の中での話です。しかしここに凝縮されているのは、「知らないということが人を責める理由になり、知ることが人を受け入れるきっかけになる」可能性についてです。私たちが人やグループについて知っていることはわずかです。そのわずかな情報から、時に独断と偏見で人を判断し、責めたり過剰に愛したりするものなのです。

 社会学という学問は様々な視点から、様々な対象について「知ること」を促す学問です。人が共に暮らす中で起きてくる対立は「知らない」こと、それゆえに生じる恐怖や不信、誤解、無関心から生まれるはずです。だから社会学という学問は、問題が生じてくるメカニズムを明らかにするとともに、知らないを「分かる」に変えていく、それも特定の分野に限らずに様々な人と人との結びつきの局面で変えていく学問なのだと言えます。これは社会学固有の使命です。なぜなら、物理法則が分かっても、金の回り方がわかっても、法律の裁判における適用過程がわかっても、他者の理解は進まないからです(もちろん、それぞれの学問にはそれぞれの意味があるわけです)。ゆえに社会学アイデンティティの一つとして、他者の理解ということがあげられるのです。犯罪はどのような理由で起こったのか、生活が苦しい人はなぜ苦しいのか、人はなぜ「不良」になっていくのか、地域が衰退していく理由とは何なのか…。そういったことを社会学は人の営みの、連綿たる連なりの帰結として明らかにしていきます。

 

3.まとめ

 

 少し長くなってしまいましたので、ここで話をまとめておきましょう。

 社会学とは特定の空間に限らず生じる人々の共同行為を対象として、そのパターンや問題性を明らかにする学問です。あるいは人々の新しい相互行為を見つけ出し、新しい社会の新しい営みのメカニズムから、社会をより豊かに描き出す学問と言ってよいかと思います。

 そしてその目的は、そのようなメカニズムの解読を通して、その原因やプロセスを変えていく、維持していく方法を考えるためです。さらにそのようにして生み出される知識は、人々にとっての「知られざる他者」を理解することに役立ちます。無理解が遠慮のない暴力や排斥を生むことなく、理解したうえで共に解決策を考えられるような、そうした知識の産出を目指しています。

 

 こう言ってみると、何か崇高なことをしているように見られるかもしれませんが、そんなことはないと思います。物理学が人間を含んで取り巻く環境に働く力を(認知しうる限りで)数学的に明らかにするとすれば、社会学とは人間にとって「意味がありそうな出来事や行為を拾い上げて、その仕組みや動機を理解する」という、徹底的に人間の「社会・他者認識」に依存した学問なのです。難しい言い方をすれば客観的な実在を仮定するのではなく、人間の主観的な意味付けと行為パターンについての考究が社会学です。

 

 ではそうした社会学は、どのような方法で進められていくのでしょうか?次回の記事はそのことについて書きたいと思います。とりわけ私の専門である社会調査について詳しく書いて、本ブログの導入編は終わりたいと思います。

 

 それではまた。

 

                          2018年8月30日:3時25分

*1:友枝敏雄・浜日出夫・山田真茂留 編(2017)『社会学の力―最重要概念・命題集』有斐閣